028八木紀一郎著『社会経済学――資本主義を知る――』

書誌情報:名古屋大学出版会,iv+248頁,本体価格2,800円,2006年4月20日

社会経済学―資本主義を知る

社会経済学―資本主義を知る

初出:政治経済学・経済史学会編『歴史と経済』第200号,2008年7月30日。なお,『歴史と経済』掲載稿は,2007年2月に編集委員会送付したはずのものであったが,2008年3月になって編集委員会では受理されていないことが判明した。そのために著書刊行後2年以上経ってから掲載されることになった。著者にはこの場を借りてお詫び申し上げる。本エントリー掲載稿は,最終校正原稿をもとにしている。

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社会経済学とは何だろうか。マルクス経済学となにが違うのだろうか。
本書のタイトルを見た時,多くの読者はそう思うだろう。「マルクス経済学」という名の講義科目は,1990年代始めにほとんど大学から消えてしまった。講義科目のみならずマルクス経済学を標榜するテキストもその後皆無であり,あったとしても社会経済学(あるいは社会システム論など)にその名を変えた。八木が書いているように,社会経済学には「現在の主流派の経済学が社会的および歴史的視野を失っていることへの批判」(226頁)が込められている。同時に,この名称にはさらに「マルクス主義という特定の思想に縛られかねない名称を避け,過去および現在の経済学のさまざまな理論的探究を取り入れ」(同上)る姿勢が明示されてもいる。「マルクスに由来する対立関係をはらんだ再生産の理論を新古典派主流にかわる新しい経済学(「社会経済学」)(233頁)の構想が本書にほかならない。この場合,『資本論』に代表されるマルクス経済学の基本骨格を継承(八木は「保存」(226頁)と表現)しつつ,ポスト・ケインズ経済学,スラッファ経済学,労働社会学,経済社会学ゲーム理論,学習理論,進化経済学など「統合的アプローチ」(233頁)を積極的に受容しようとする。
まず,本書の構成を瞥見しよう。
第1章 社会経済学の視点――社会のなかでの個人の再生産――
第2章 市場のなかでの分業
第3章 貨幣のはたらき
第4章 資本の登場
第5章 支配された生産
第6章 回転する資本
第7章 利潤と価格
第8章 競争と地代
第9章 商業と金融
第10章 変動する経済
第11章 国家と世界市場
補論  体制認識とは何か
社会経済学を社会的な再生産論として論じる第1章は,本書の序論ともいうべきもので,マルクス経済学のエッセンスである社会的および歴史的視点の結節をこの再生産(「資本に主導された再生産」)に見いだしている。第2章以降は,それぞれ価値論・商品論・産業連関論(第2章),価値形態論・貨幣論・信用論(第3章),流通費用論・労働力商品論・資本の本源的蓄積論(第4章),労働過程論・剰余価値論(第5章),資本回転論・資本循環論・再生産表式論(第6章),利潤論・生産価格論・利潤率の傾向的低落論(第7章),市場価値論・地代論(第8章),商業資本論・利子生み資本論(第9章),恐慌論(第10章),階級論・国家論・世界市場論(第11章),所有論・経済体制論(補論)と,『資本論』の体系をもとに再編成されていると読むことができる。著者は,第3章から第7章を本書の「コア部分」=「新古典派体系をベースとした標準的な経済学教科書では見られない議論が含まれている部分」(227頁),第8章から第11章を「資本主義経済についての派生的側面および過程を論じ」(同上)たとしている。各章の扉には,マルクス,スミスおよびJ. S. ミルからの短い引用を配し,各章のテーマが明示されており,著者の経済学史(経済思想史)への強い関心を窺い知ることができる。
さて,さきにマルクス経済学を基本骨格にしながら「統合的アプローチ」を志向していると紹介した。本書の構成から明らかなように,本書の構成はあくまでもマルクスを前提にしている。もちろん,著者の問題意識は,マルクスの経済学批判体系をほぼ踏襲するだけでなく,各章で独自の理解を対峙することで,また随所に「統合的アプローチ」の要点を取り込むということで実現されている。
第1章では,アルチュセールの再生産論と史的唯物論との連携,ブルデューの「ハビトゥス」論を肯定的に引用し,社会的再生産論の射程を確認する。第2章では,ニーズ論を中心に価値,市場および制度の意義を論じる。第3章では,貨幣を社会化のメディアおよび様式ととらえ,限界効用理論の「限界」を指摘し,銀行貨幣や現代貨幣事情の基礎として把握する。第4章では,貨幣の資本への転化論,労働力商品化論,資本の本源的蓄積(本書では原始的蓄積)論をまとめ,マルクス搾取論の有効性を再確認する。第5章では,剰余価値生産の仕組みを論じ,国民経済計算の基礎になっていることや大量生産・大量消費の蓄積様式としてフォード主義を説明する。第6章では,資本の循環・回転論を中心に据え,資本の回転モデルについて詳述し,マクロモデルとしての再生産表式論を肯定する。第7章では,価値の生産価格への転化論について「異なる2つの方針」(125頁)として問題の所在の確認と解決を提起する。また,利潤率について「柴田=置塩定理」として再定義し,アメリカ経済の実証研究(E. N. ウォルフ)で補強する。第8章では,より現実的な市場を想定して競争的市場と不完全競争市場における市場価格と希少的資源の土地をめぐる競争の結果として生じる地代を説明する。あわせて,土地資本と社会資本への投資の必然性についても関説する。第9章では,商業資本の自立化の過程と金融資本の成立を論じ,資本市場と金融資産の機能をまとめる。第10章では,資本主義における市場の失敗と循環的景気変動の結果としての恐慌を考察し,制度の成立と変化の可能性を暗示する。第11章では,市民社会を資本主義が編成し経済的階級の相互関係と理解し,まずは内なる国家として総括する。グローバリゼーションが波及すればするほど,外なる国家としてますますガバナンス(統治)が問われることを指摘する。補論では,体制認識の要として「誰が何を所有するか」とする所有論を配することで,疎外された労働から現代における所有問題までを俯瞰する。
本書は,このように,著者の観点(『資本論』のエッセンスの抽出と現代資本主義の批判的解読)を若い読者に提起し,『資本論』を中心とした古典の再読を誘い,各自の社会経済学の構想を迫るテキストといえるだろう。たとえ著者が言うように「マルクス経済学の通説とは異なる議論を多数含んでい」(226頁)ようとも,著者は社会経済学としてマルクス経済学を発展させようとする強い問題意識を保持しており,評者も高く評価したい。この点から本書を先行して刊行された類書に位置づければ,『資本論』への直結したルートを示そうとした,大谷禎之介『図解 社会経済学』(桜井書店,2001年,asin:4921190089)とは発想と構想を異にする。また,『資本論』の枠組みに現代資本主義のデータをふんだんに活用して『資本論』(第1巻に限定されているが)の現代性を検証した,松石勝彦『現代経済学入門』(青木書店,1988年;第2版1991年;最新版2002年,asin:4250202089)の方法とも一線を画している。むしろ,大野節夫『社会経済学』(大月書店,1998年,asin:4272110926),植村博恭・磯谷明徳・海老塚明『社会経済システムの制度分析』(名古屋大学出版会,1998年,asin:4815803528;新版,2007年,asin:4815805695),角田修一編『社会経済学入門』(大月書店,2003年,asin:4272111035),宇仁宏幸・坂口明義・遠山弘徳・鍋島直樹『入門・社会経済学』(ナカニシヤ,2004年,asin:4888488797)などと共通するところが多い(植村等および宇仁等の著作を「本書をマスターした読者には,これらの著作によって,より現代的な論点に触れることを奨め」(234頁)ている)。
再生産システムとしての「資本主義を知る」(本書のサブタイトル)うえでは本書にはマルクス以降の経済学発展の成果が織り込まれている。他方,労働の二重性論,物神性論,労働日,経済学的三位一体論などあえて正面から論じていない論点もいくつかある。それ以上に,資本主義の歴史のなかで生み出され,時には「格差」問題にも直面する市民社会に生きる人間の過去,現在および未来が,総じて見えてこない。Political Economyとはなによりも人間のための経済学の構築であろう。本書の読者は,本書で描かれた圧倒的力をもって支配する経済システムにたじろぎはしないだろうか。と同時に,資本の回転・再生産(第6章)や変動(第10章)において説明に使用されるコンピュータ・シミュレーションは,「グラフをみてイメージをつかめばそれで結構」(227頁)かもしれないが(詳細は「付」として触れられているにしても),初学者には決して取っつきやすいものではない。言い換えれば,古典派経済学から現代にいたる経済学発展の歴史を素養として持ち合わせていないと理解が容易ではない。
だが,本書のなによりの貢献は,『資本論』のツールとその後の経済学の展開で有効性を持ちうるそれとを縦横に駆使して,結果としてマルクス経済学の現代的役割を冷静に宣言したことにあるだろう。著者によって「資本主義を知る」ために描かれた資本主義はあくまでも著者によるものであって,読者をして,まずはマルクスをはじめ経済学の成果をふまえて資本主義を批判的に読み取れ,さらにマルクスを読め,経済学の古典を繙けと鼓舞している。社会経済学が資本主義を解剖し,未来社会の可能性を模索するものであるのならば,本書の方法と叙述は成功している。もっとも,社会経済学としてはここ数年間でようやくいくつかの単著と共同著作が刊行されたにすぎない。本書もそうした試みのひとつであり,「新しい『社会経済学』」(234頁)の構築を評者の課題ともしようと思う。
なお,伝統的なマルクス経済学との区分と批判的コメントをまとめた「構成表」(『社会経済学』の構成と視点)と「正誤表」(本書にはおもに数式において少なくないミスがある)が下記ホームページからダウンロードできる。参照されたい。

027松尾匡著『「はだかの王様」の経済学――現代人のためのマルクス再入門――』

書誌情報:東洋経済新報社,xxi+288頁,本体価格1,900円,2008年6月19日

「はだかの王様」の経済学

「はだかの王様」の経済学

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快著というべきだろうか怪著というべきだろうか。マルクス疎外論ですべてを説明できるとすることではまさしく快著である。ゲーム理論に代表される制度分析の経済学がマルクス疎外論の地平と同じと主張することでは怪著である。マルクス再入門を企図した本書がすでに多くの読者と反響を得ているのは快か怪かを見極めたいという読者の好奇心をくすぐるからだろうと思う。
とりあえず,評者は本書をマルクスの解著(解説書あるいは理解書の意を込めた評者の造語)と読んでみる。「人々がお互い意思疎通ができないときに,観念がひとり立ちしてしまう」(20ページ)と解した疎外論(第1章から第5章)とその克服によって成り立つとみる主流派経済学の説明(第6章と第7章),アソシエーション構想をもとにした疎外の克服(第8章),本書のテーマはこの3点にある。
(1)「はだかの王様」は疎外か
著者が理解する疎外は,「はだかの王様」と同じだという。「はだかの王様」とは,本当ははだかなのに王様の威に逆らえずはだかといえない滑稽さと純真かつ正直なこどもによる告発という有名な童話だ。この童話のポイントは,本当は王様ははだかだということと,ある種の権力関係が作用してはだかといえないということ,つまり真実と虚偽とは誰にでもわかるということである。ところで著者によれば,うえに引用したように,疎外とは「考え方」「理念」「思い込み」「決まりごと」などいったんできあがってしまうとわれわれ人間から独り立ちしまうことをいう。とすると「はだかの王様」はどうして疎外なのだろうか。「はだかの王様」は最初から最後まではだかであって,「思い込み」でも「決まりごと」でもない。王様の機嫌をとるためにひとりの子供をのぞいてみながみなすばらしい服だとほめたのにすぎない。著者はうまいと評判になっているラーメン屋,イジメ,アメリカとの開戦などもすべて疎外によるとし,情報の非対称性,虚偽状況,権力関係が存在することによって真実をいえない状況まで疎外概念を拡張する。これらはいずれも「観念がひとり立ちしてしまう」状況とは異なるだろう。
もともとマルクス疎外論は,(1)労働者からの労働生産物の疎外,(2)労働の疎外,(3)労働する人間の自己疎外,(4)人間からの人間の疎外,を論じ,私有財産制度のもとでの本質は疎外された労働であること,社会関係の表現であることを確認することを特徴としていた。人間の自己疎外とは(初期)マルクスにとっては人間本質に関わらしめた包括的概念であった。この疎外論は「経済学的諸範疇の人格化」として商品,貨幣,資本,労働力,土地の所有者を扱う(後期)マルクスの経済学批判に継承され,物神性論(物象化論)と深められる。著者がマルクスの問題意識の核心を疎外にもとめるのは間違いではない。が,マルクス疎外論は最初から最後までノッペラボウのそれだけではなかった。
他方,絶対王政ボナパルティズム古代オリエント専制の例にあるように,「疎外がどうしても起こってしまう原因を現実社会の中に見いだ」(92ページ)すことに疎外論の核心がある。読者に分かりやすく疎外を説明しようとする意図はわからないわけではない。「はだかの王様」状況をもって疎外と呼ぶことには抵抗がある。著者が「疎外の図式」((90ページ)や「マルクス疎外論の公式」(93ページ)とまとめている疎外は,「はだかの王様」と同じではない。「はだかの王様」は「観念がひとり立ち」しているわけではないからだ。
(2)貨幣は「思い込み」のひとり立ちか
著者は貨幣の本質を「はだかの王様」と同じだという。昔の金貨から現代の紙幣まですべて人間の思い込みから生じるとするのは違う。貨幣が貨幣たるゆえんは,労働生産物が商品になるやいなや商品世界の価値表現の展開によって必然化する実体がある。著者はこのことを認めながら,貨幣は「はだかの王様」と同じとするのには矛盾があろう。「はだかの王様」の原理で貨幣が生じたのではけっしてない。もし,同じであるならば,貨幣を貨幣と思わなければ貨幣ではないのだ,という思い込みをなくすことによって貨幣を廃絶できることになる。思い込みを正すことで貨幣をなくすことができるのであれば,これほど簡単なことはない。貨幣の成立を「思い込み」から説くのは,貨幣は最初から貨幣だと主張する以上に,価値形態論の誤読ということになるだろう。
著者は,貨幣から価値・価格・搾取,さらには蓄積という資本主義経済の仕組みに関わるマルクスの分析を,貨幣と同様疎外論で説くことができるとし,その解説をしている。資本主義社会のメカニズムを著者のように疎外論として分析しようというのは,かつて廣松渉が試みたように(『資本論を物象化を視軸にして読む』岩波セミナーブックス,1986年7月),ひとつの説明の仕方であろう。紙数の関係からだと推測するが,もし『資本論』に沿って展開するのであれば,資本ー利潤,労働ー賃金,土地ー地代という「経済学的三位一体論」に是非触れて欲しかった。「経済学的三位一体論」は,これまでの経済学を振り返って,生産の3要素が収入の3要素と直結してしまう限界を指摘したものだ。資本が利潤を,労働が賃金を,土地が地代を,それぞれ生むという観念は,この社会にあっては当然のごとく見えてしまう根拠をもつ(「観念のひとり立ち」)。「経済学的三位一体論」はマルクス以前の経済学者の「思い込み」ではなく,そのように見えてしまう理由を――発見した剰余価値論を武器に――抉ったものだ。疎外論の理解を援用し,「経済学的三位一体論」を介すれば,制度分析の経済学への評価も違ったものになったはずだ。
(3)方法論的個人主義ゲーム理論は対抗理論か
個々人の最適選択が既存の秩序や制度の制約を受けており,社会変革の客観的な根拠や見通しを付与してくれる。その意味で,方法論的個人主義ゲーム理論は体制批判的だと著者は主張する。著者も読んだという『ビューティフル・マインド』(新潮社,2002年3月)にこんな一説が出てくる(映画は,スミス理論を覆す着想についての印象的なシーンもあったが,重度の精神疾患が「寛解」しノーベル経済学賞を受賞する状況に焦点が当てられていた)。
「ある日,ナッシュは,クラスメートに誘われてプールバーにやってきた。そこに3人の女性が入ってくる。そのうちの1人はブロンドで,際立った美人。まわりの男子学生の目はみな,そのブロンドに集中していた。そのとき,ナッシュに神の啓示のような衝撃が走った。従来の競争理論に基づけば,男たちはブロンドを奪い合った末,誰もが彼女を手に入れられない。しかし,もし男たちが自分の利益とグループ全体の利益を同時に追求して,ブロンドをあきらめてほかの2人の女性を口説いたなら,誰もがいずれかの女性を手に入れることができる。ナッシュはこれを定式化した。それは,150年間も定説とされてきたアダム・スミスの理論を覆す,単純で美しいナッシュ独自の理論の構築だった。」(4-5ページ)「1950年以来,囚人のジレンマを素材として,協力と裏切りの決定要因に関する無数の心理学的文献が生み出された。このゲームは,相手が最高の戦略を選択すると仮定した場合,自分も最高の戦略を選択するというナッシュ均衡が,全体の利益という観点からは必ずしも最善の行為とはならない,という事実を顕著に示している。かくして囚人のジレンマは,アダム・スミスの「見えない手」の比喩を否定することになる。個々人が自己の利益を追求するときに,必ずしも全体の利益が促進されるとは限らないのだ。」(171ページ)
スミス的均衡の克服は個と全体とのバランスのうち個の追求を善しとする行為が全体の善とはなりえないかぎりでのものであり,スミス的世界=「経済学的三位一体」の否定ではない。もし,方法論的個人主義に立つ制度化された経済学やゲーム理論マルクス代替理論たりえるならばマルクスをあえてやる必要性はまったくない。もちろん,著者が数理経済学マルクス経済学への理解と制度化された経済学の成果を吸収しようとする姿勢を買いたいが,すでに触れたように,著者の疎外論的理解がマルクスの経済学批判と十分に接合されていないがために,方法論的個人主義ゲーム理論をして体制批判たりえるとしたことに繋がっていると思える。
(4)「思い込み」と疎外なき社会
「思い込み」が疎外とするなら,疎外の克服は簡単だ。「はだかの王様」の正直なこどもがいればことたりる。この意味では,著者の疎外論理解ではたして疎外の克服が可能かどうかは疑問なしとしない。著者は疎外を「はだかの王様」と同じと何度もまとめているが,実はこどもの登場で解決できるとは見ていない。「ひとりひとりの合意によってみんなの都合のいいように,社会をコントロールしていくこと」,「自分たちの手の届く範囲から疎外を克服していこうという試み」(236ページ)を提唱しているからだ。
著者の疎外なき社会構想は,アソシエーション社会である。「依存関係を合意でコントロールするためのネットワーク」(269ページ),「一種の下からの計画経済」(同),「市民参加のまちづくり」(270ページ)などと言い換えられている。疎外の克服は着実な日々の実践の延長にしかない。そのことと,著者が析出した「全面的に発達した人間」(143ページ)との結びつきは,日暮れて道遠しの感はある。
疎外論を中心にした本書の解著としては不満がある。だが,疎外なき社会の構想と今できることをしようとの姿勢は評者はまったく同感だ。「ヨシっ!」だ。

026寺出道雄著『山田盛太郎――マルクス主義者の知られざる世界――』

書誌情報:日本経済評論社,vi+226頁,本体価格2,500円,2008年1月20日

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「評伝 日本の経済思想」第1回配本として山田盛太郎(1897.1.29-1980.12.27)が取り上げられた。住谷一彦「山田盛太郎」(『経済思想』第10巻「日本の経済思想」2,日本経済評論社,2006年8月,[asin:481881878X])に続く山田論だ。もっとも山田の評伝というよりは山田の代表的著作である『日本資本主義分析』(岩波書店,1934年;戦後単行書版,1949年;岩波文庫版,1977年;著作集第2巻,1984年)の再読といったほうが正確だ。『分析』誕生までの章(第1章から第3章)と『分析』後の簡単な叙述と近代主義モダニズムとの関連をまとめた章(第8章と第9章)以外はすべて『分析』の分析と解読にあてられているからである。
著者は『分析』を基柢(第三編),生産旋回=編成替(第一編),旋回基軸(第二編)の順に解読し,特徴とその反響についてまとめる(第4章と第5章)。そのうえで著者は,山田『分析』がアヴァンギャルド芸術の作品として,社会科学と芸術との融合を目指した作品であることを主張する。まず,日本資本主義の構造をあたかも立体模型のように眼前に再現したのが『分析』であり(「仮想の空間における立体構造」150ページ),「型」の編成・分析・分解をとおして日本資本主義の全生涯を描いたとする。「『分析』のアヴァンギャルド芸術的な性格は,第二次世界大戦前はもとより,その後においても,山田自身によって封印され続けた」(155ページ)ゆえに,『分析』の叙述は「難解」「晦渋」「暗号」「呪文」(同)となってしまった。ロシア構成主義の影響があったのではないかという著者の解読は『分析』理解に新しい光をあてることになった。もっとも本書での指摘を待つまでもなく,『分析』を理解するために建築物や構造物にたとえて説明することは数多く試みられてきた。ロシア構成主義との関連を明確にしたのは著者がはじめてであろう。
『分析』の文体はいまひとつのアヴァンギャルドの影響だろうという。日本語の通常の構文法が破壊されていること,日本語の通常の句読法が破壊されていること,数式記号が多用されていること,がそれだ。「未来主義の『自由語』の基本的な要素の,日本語における散文への導入の実験例」(165ページ)であり,読むものをして『分析』の叙述過程に没入させる効果をもっている。他方で山田は漢文調・和文調のリズムも依存しており,そのことが総じてアヴァンギャルドの強い影響下で執筆された作品であることをみえなくしてしまった。
山田は『分析』をとおして,「ルビンの杯」に「二人の若い女性の顔」を見た一般常識にたいして,「黒い酒杯」を見ることで社会科学的認識の強烈な転換をもたらそうとした。著者が本書で描いた『分析』像は,アヴァンギャルド作品というこれまでにない視点からのもので,『分析』解読として魅力的な論点を提起しているといえる。
「評伝」としてはどうだろうか。すでに触れたように本書はあくまでも『分析』が中心である。『再生産過程表式分析序論』(改造社,1931年;戦後版,1948年;著作集第1巻,1983年)については,「『資本論研究史上の一齣として以上の価値を持っているかどうかは疑わしい」(44ページ)としているが,『分析』が著者のいうようにアヴァンギャルドの影響を受けた作品であるとするなら,その理論と方法を提示したこの『序論』はどのような性格をもつことになるのだろうか。著者は「山田が『分析』を構想する上で,大きな基礎となった著作」(44ページ)と認めている。これまでの『分析』理解によれば,『序論』は山田が資本主義分析の基準として再生産論を提示したものとされている。つまり,『分析』は『序論』の方法を戦前期日本資本主義の構造分析に応用したのであり,著者が発見したアヴァンギャルドの影響とは無関係に『分析』の叙述はありえたのだ。著者は「大きな基礎となった著作」である『序論』とアヴァンギャルドからの影響とをどのように解読するのであろうか。
いまひとつ,山田の戦後について「単著にまとまらなかった論文や草稿であるし,その論文も,『分析』の諸編の凝集力を欠」き,「崇拝者に取り巻かれた碩学としての,穏やかな後半生」(184ページ)としていることについて。農地改革の歴史的意義のみならず基本農政から総合農政と続く戦後農政(農業潰しという意味ではNO政)の展開に憂慮し,土地国有化を提起するにいたる後半生はけっして「穏やか」ではない。山田の体系は戦前の『分析』で完結したのではなく,戦後日本資本主義の構造把握にも意欲を燃やしていた。「重化学工業化の現状の分析に取り組」み,「晩年まで,常に日本の現状を問題とし続ける学究」(183〜184ページ)との著者の山田評価があるだけに,「穏やかな後半生」論に違和感をもつのは評者だけではあるまい。
かつて本ブログで,大石先生追悼文集刊行会編『日本近代史研究の軌跡――大石嘉一郎の人と学問――』(日本経済評論社,2007年11月,https://akamac.hatenablog.com/entry/20080123/1201083608)を取り上げたことがある。この書物のなかで,『分析』を中心として山田への長時間にわたるインタビューがあり,テープ保存されていることが書かれていた(135-136ページおよび324-325ページ)。このインタビューは公開されていないが,山田は「あの時期のこと(『分析』執筆時:引用者注)を,今の時点で(1964年:引用者注)私が書くとすれば,『分析』と違った視点から,別のように書くだろう」と答えたとの証言がある(325ページ)。
山田が心筋梗塞後の快気祝いに配った紫の地の袱紗には白く抜かれて,つぎの詩があったという(常磐政治「想い起こすこと」著作集月報4,1984年;本書186ページ;適当に改行。ちなみに,著者はここに回転運動と垂直方向の運動という『分析』模型の基本運動があるとし,『分析』の秘密をかすかに示唆しているとしている。)。

うそ暗き門をすぎて一晝夜半 地軸の底より抜けだせり吾れも
上へ上へと上昇の バッハ弥撒ロ短調 胸部垂直の激痛にしもや
不死鳥は灰燼のなかに起つと云う また零よりぞ出発すなる吾れは
山田盛太郎
33.7.20(「33」は昭和33年)

評者は職を得てからこの言葉を机わきに大書して日々の励みにしてきた。時に「バッハ弥撒ロ短調」をBGMにして。

025重田澄男著『マルクスの資本主義』

書誌情報:桜井書店,255頁,本体価格3,800円,2006年4月25日

マルクスの資本主義

マルクスの資本主義

初出:本エントリー→https://akamac.hatenablog.com/entry/20070623/1182590356 のちに大幅に加筆修正して,基礎経済科学研究所『経済科学通信』第115号,2007年12月20日,に掲載。なお,本エントリー掲載にあたっては,最終校正原稿をもとにしたものである。

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著者は前著『資本主義を見つけたのは誰か』(桜井書店,2002年4月,[asin:4921190151])においてすでにマルクスによる「資本主義」発見とその前後について詳細な分析をはたし,「ブルジョア的生産様式」用語が「資本にもとづく生産様式」を経て最終的に「資本制生産様式」に転生する過程を追い,前者であっても後者であっても資本主義という対象的事物としては同一であることを確認した(評者は書評の機会を与えていただいたことがある。経済理論学会第50 回大会(岐阜経済大学)第9 分科会:書評分科会報告,2002年10月19日。評者のブログに再掲。https://akamac.hatenablog.com/entry/20070308/1173338502)。
著者による資本主義発見と資本主義用語の確立の探求は,四半世紀前に遡る。著者は,『資本主義の発見――市民社会と初期マルクス――』(御茶の水書房,1983年;改訂版:1992年,[asin:4275013778]),『資本主義とは何か』(青木書店,1998年,[asin:4250980413]),前著と執拗に肉迫し,本書ではそれらの成果の総括を試みたものだ。前著の第1部「「資本主義」語のはじまり」においては,フランスの初期社会主義者ピエール・ルルー (Pierre Leroux, 1797-1871),ルイ・ブラン (Jean Joseph Charles Louis Blanc, 1811-82) ,イギリスの小説家サッカレー (William Makepeace Thackeray, 1811-63)およびフランスの社会運動実戦家ブランキ (Louis Auguste Blanqui, 1805-81)をとりあげている。彼らがマルクスにさきだって「資本主義」という言葉を使っていることを考証すると同時に,「資本主義」が「資本家」(ルルー),「資本の排他的占有」(ルイ・ブラン),「ブルジョア的気分」(サッカレー)および「資本」「資本家」(ブランキ)を意味しているにすぎないとした。
ここに,マルクスが「資本主義」に含意した社会体制や経済システムとは異なることを示すことによってマルクス登場の意義を確定できることになる。「資本主義」を最初に見つけたのはマルクスであり,用語としての「資本主義」という言葉そのものの最初の発見者はマルクスではなくルルーである,とするのは,まさしく著者による「発見」であった。また,第3部「「資本主義」用語の継承と変容」においては,前記シェフレ,ホブソン (John Atkinson Hobson, 1858-1940)およびゾンバルト (Werner Sombart, 1863-1941)をとりあげ,マルクスから「資本主義」概念を「継承」しながら,「社会的な結合形態」(シェフレ),「機械制産業」(ホブソン)および「資本家的精神」をもった「資本家的企業」(ゾンバルト)として「変容」していることを指摘した。前著第2部で扱った,マルクスによる「資本主義」概念の発見をさらに拡充し,整理したのが本書になろう。「本書によって,資本主義用語にかんするわたしの研究は,出発点としての《原点》に立ち返り,円環は閉じることになった」(246ページ)。
資本論』における資本主義概念は「資本主義 Kapitalismus 」ではなくて「資本制生産 kapitalistische Produktion 」と「資本制生産様式 kapitalistische Produktionweise 」である。形容詞 kapitalistisch は直訳では「資本家的」に,通常では「資本主義的」とされている。「資本主義 Kapitalismus 」はマルクスにあっては例外的に(『資本論』中で1個所)使われているだけであり,その形容詞的概念になる「資本主義的○○」とは使うべきではないとする著者の信念がある。「資本主義 Kapitalismus 」という用語はマルクス死後一般に普及し,たとえばドイツ語 Kapitalismus や英語 capitalism は普通に使われている。この資本主義概念は『資本論』執筆構想が具体化する過程(1860年前後)で使われるようになったものであり,それ以前はフランス語形で「ブルジョア的生産 la production bourgeoise 」やドイツ語形で「ブルジョア的生産様式 bürgerliche Produtikionsweise 」といった用語で表現されていたものであった。
資本論』では「ブルジョア的生産」「ブルジョア的生産様式」はほとんど使われず,「資本制生産」「資本制生産様式」用語に全面的にとってかわられている。「ブルジョア的生産(様式)」の使用は「落ちこぼれ的に残った」(178ページ)ものであり,ゆくゆくは「死語」「廃語」(179ページ)になる言葉である。「資本制生産」は生産そのものについて,「資本制生産様式」はより広がりをもった経済関係についてのあり方,を示す。このように,マルクスの資本主義概念は規定さるべき実体のない「資本主義」ではなく,生産や生産様式の特殊なあり方としての理解を前提にしたものだ。そのことは,生産手段が資本の,人間労働が賃労働の形態をそれぞれとるものとして,生産活動の起動因と目的が剰余価値の生産と資本による獲得であることを示すものにほかならない。
本書はマルクスを対象とした近代社会認識を追究してきた著者の集大成である。評者は前著にたいして「『資本主義』概念の社会思想史的密度を格段に濃くした」と評したことがある。本書は資本主義の発見者マルクスによる資本主義概念を再確認する書だ。前著で得た知見に新たに付加すべき発見はとくに見あたらないものの,本書には著者による「資本主義」追究のすさまじい格闘の痕跡がいたるところに見いだすことができる。
著者の長年にわたる「資本主義」概念の探求によって,たとえば「資本主義ということばがつくられたのは19世紀になってからのことである」(神武庸四郎『経済史入門――システム論からのアプローチ――』有斐閣,2006年12月,92ページ,https://akamac.hatenablog.com/entry/20070830/1188464972)というように,学界で共有される常識となった。さらに,前著の主張のエッセンスは,Sumio Shigeta, Zur Geschichte der Terminologie des >>Kapitalismus<< im 19. Jahrhundert, in Beiträge zur Marx-Engels-Forschung Neue Folge 2004.としてドイツ語でも公表されている。同時に,前著と同様本書でも(終章「現代社会と資本主義概念」),「資本主義」概念のもつ現代的意義をまとめているが,現代資本主義分析と「資本主義概念」追究との懸隔はそのまま残っていると言わざるをえない。マルクス研究としてひとまず完成させ,そのうえで現代資本主義分析のアプローチからそれを顧みたほうが首尾一貫したのではないかと思う。
本書は同時に――現代資本主義分析という著者の本来の課題について未練を残しながらも――著者の研究史の回顧でもある(「あとがき」に詳しい)。独占理論や失業論,恐慌論などの理論問題から宇野理論や市民社会論への批判にいたる過程で著者が直面した問題に対峙したとき,それらの底流に「資本主義」概念の問題があることを見抜き,自己研鑽の対象にしてきたことにこそ著者と本書の意義がある。マルクス以前,マルクスマルクス以後における「資本主義」概念の展開はほぼ確定的に言えることになったからである。

024島田次郎著『日本の大学総長制』

書誌情報:中央大学出版部(中央大学学術図書67),x+207+10頁,本体価格2,300円,2007年6月21日

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寺崎昌男著『東京大学の歴史――大学制度の先駆け――』について紹介した時,総長制についてこうコメントした。「総長。そういえば,旧帝国大学はすべて現在学長を総長と呼んでいる。東京から始まり,京都,大阪に続き,東北,九州,名古屋,最後に北海道が総長となった。名称はともあれ官選総長から大学による総長選出にいたる経緯が中心に書かれている。学長選挙の持つ意味や法人化後の選挙制度の改変など触れるべき事項は多かったろうにと思う(「III  その後の東京大学」で簡単に触れられている)。」(https://akamac.hatenablog.com/entry/20070530/1180527532)。本書は国立大学だけでなく私立大学でも採用されている総長制度について検討を加えたものだ。
総長は公法的な裏付けをもっていない。「公務を掌り,所属職員を統督する」(学校教育法)のは学長である。しかし,旧帝国大学や主要な私立大学では総長がいる。総長制度に問題点があるとすれば,大学制度や教育研究活動の特質がそこにあるのではないか。本書は,中世荘園制と村落史を専門とする著者が中央大学百年史編纂事業にかかわったことをきっかけにして生まれたひとつの総長論である。
国立大学総長制については,森戸事件,滝川事件,天皇機関説問題,人民戦線事件,平賀粛学など大学における学問の自由や大学の自治問題と関連していたとみる。1992年に旧帝国大学を母体とする7大学が総長制を復活させたのは「特権意識」(22ページ)によるものであったとするのは的を射ている。ただし,後述する私立大学の総長制について「総長・学長の公選」(56ページ)にひとつの焦点をあてているのにたいし,この点からの総長制の検討はない。
私立大学の場合,ほぼ帝国大学の創立と平行して開設され,総長,塾長,校長,校主などと称した初期段階から今日の総長(学長)制にいたっている。著者は,「大学の首長はその自治と改革の総括者であるとともに,国民に対する研究教育上の社会的な責任者である。したがって大学教職員を中心とする公選制によって,これが保証されるべきである」(136-7ページ)。この観点から私立大学の総長制を3種に分類しその特徴をまとめている。「私立大学の場合,大学自体に(学校法人ではなく国公立大学のように)すべての教育機関(研究所や諸学校)を附置していれば,総長の地位・役割は自ら学長が担うことの(「に」の間違いか:引用者注)なり,二元型の学長となり,総長は不用となる」(92-3ページ)。
国立大学と私立大学の総長制を検討してはいるが,前者については総長と称するごく一部の大学の首長に限定されてしまっており,またもっぱら公選制の採否の点から後者を分析することで首尾一貫していない。しかし,国立大学法人化以降(2004年4月以降)数大学で生じた学長選考をめぐる問題は,本書の分析と無縁ではない。大学首長の選考にもっと注目されていい。
本書にまとめられている主要私立大学の3類型は資料的意味があると思う。以下にまとめておく。
法人教学一体制=一元型(○公選 △非公選)

大学(学校法人)名 首長名称 総長(院長・塾長)の選出 学長の選出 総長(院長・塾長)の位置づけ・役割 備考(学生参加) 出典
慶應義塾大学慶應義塾 塾長=理事長=学長(三役兼任) ○選挙手続:2段階(1)塾長候補者推薦委員(教職員が11部門にわかれてそれぞれ選出された合計432人)会が各部門毎2名ずつ延べ22名の候補者を選び,この候補者について2回にわたる投票を行う。その結果,上位3名の塾長候補者を塾長候補者銓衡委員会(塾長,元塾長,学部長,職員代表者,及び評議員会議長,評議員代表以上合計21名前後)に推薦する。(2)塾長候補者銓衡委員会は,その3名中の1名を選考して評議員会に推薦し,評議員会で決定する。 - 塾長は塾務を総理し,かつ塾務全般につき慶應義塾を代表する。 戦前では塾長は,評議員によって選挙されていた。戦後になって大学学部長の参加ができるようになった。1964年に「塾長候補者推薦委員会規則」を申し合わす。 慶應義塾規約」「同塾長候補銓衡委員会規則」
法政大学(法政大学) 総長=理事長=学長(三役兼任) ○被選挙人:本学専任教員で立候補した者,又は専任教員10人以上が推薦人となり,学内もしくは学外から推薦された者。選挙人:専任教職員及び評議員・助手・高校教員。ただし,当選者は総投票数の過半数及び同時に教員投票総数の過半数を必要とする。また得票計算では選挙人の各層に格差あり。備考参照。 - 理事長(総長,学長を兼任)はこの法人を総括し,この法人を代表する。 選挙得票の計算:専任教員・部長職員及び評議員は1人につき各2票。助手・専任職員・高校教員は各1票。 「寄付行為」「理事会が選定する総長候補者選挙細則」
早稲田大学早稲田大学 総長=理事長=学長(三役兼任) ○選挙手続:3段階(1)総長候補者の推薦(同候補者推薦委員会)(2)学生による信任投票(3)決定選挙人による決定選挙。(1)候補者推薦委員は大学,各学校,研究所の専任教員の代表及び専任職員の代表,学外評議員の代表,いずれも互選。93名前後。(2)信任選挙は各学部,各研究科在籍学生の過半数以上の不信任によってその候補者を排斥される。(3)決定選挙の選挙人は全専任教員,専任職員(勤続8年以上又は年齢30歳以上)及び全学外評議員,全商議員,校友会幹事他役職者(2002年現在で計2,076人)。 - 総長はこの法人の理事長とし,かつこの法人の設置する大学の学長とする(とくにその職務権限に規定なし)。 総長候補者に対する全在籍学生による信任投票が行われた後に決定選挙が実施される。ただし,1969年から2002年まで除斥者はいない。 早稲田大学校規」「同総長選挙規則」「同総長選挙公報2002年5月25日第5号」

法人教学分立制=二元型(○公選 △非公選)

大学(学校法人)名 首長名称 総長(院長・塾長)の選出 学長の選出 総長(院長)の位置づけ・役割 備考(学生参加) 出典
亜細亜大学(アジア学園) 理事長,学長(会長) 会長は「理事の互選により置くことができる」(ただし現在空席のまま)「会長はこの法人の重要な業務につき理事長の要請に応じて意見を述べる」 ○学長候補者の推薦人の理事・監事・評議員及び学長選挙人(学長・専任教員及び課長・参事以上の職員)によって推薦された候補者(複数)を上記選挙人が投票。 学長は亜細亜大学の校務をつかさどり,所属職員を統督する(会長は五島昇逝去(1989年)以後空席) - 「寄付行為」「亜細亜大学学長に関する規定」
関西大学関西大学 理事長,学長 - ○学長の被選挙権は現職専任教授に限る。学長候補者選考委員会(専任教員及び専任職員のそれぞれ代表)は3名の学長候補者を選ぶ。この3名について全院生・学生による除斥投票を行う。しかるのち,残った候補者について専任教員のみで投票する。 学長の職務権限については,その専決事項(非常勤講師の委嘱など4項目)以外に規定はない(「事務専決に関する理事会内規」)。 学生の除斥投票は在籍学生数の1/3以上の除斥のあった候補者を失格とする。 「寄付行為」「学長選挙規定」
上智大学上智学院 理事長,学長 1951年に新制大学移行後,従来の総長・学長呼称まちまちであった制度を改め学長とした。 ○学長候補者選考委員会(理事・評議員会の代表,各教授会の代表及び職員の代表)によって学長候補者3名を選ぶ。この3名の候補者について専任の教職員のみによって投票を行う。 学長は本学を代表し,大学の校務全般を統括する(学則第8条第2項)。 かつて理事長と学長が兼任したことがある。69年紛争当時に学生の要求があったが,その学長選挙参加は認められなかった。 「寄付行為」「学長の選考に関する規則」『上智大学50年史』
日本大学日本大学 理事長,学長 他に総裁,会頭及び理事会長などあり,いずれも不常置。 ○総長候補者推薦委員会(法人・本部・各学部・通信教育部・短大・付属校校長のそれぞれの代表66人)が同大学教授又は元教授の中から2〜5名の候補者を推薦する。この候補者に対して選挙人(大学専任講師以上,高校教頭以上職員の一定資格者以上の全員)による投票。 「総長はこの法人の設置する大学の学長となり,この法人の設置する教学に関する事項を総理する。」 公選制化した総長選挙規則は1969年8月の制定であり,同時に最初の総長選挙が行われた。現行規則も基本的には同じ内容。 「寄付行為」「総長選挙規則」
立命館大学立命館 理事長,総長 ○総長候補者は専任教員か又は元教員に限る。総長候補者推薦委員会(理事7人,大学協議員8人,評議員2人,専任教員8人,高等学校・中学校教員3人,専任職員4人,学生3人計35人)の協議により,3〜5人の候補者を選ぶ。以上の候補者に対して選挙人による投票。選挙人は,理事・監事から12人,評議員から13人,専任の教員は各学部から計96人,高等学校・中学校から計36人,専任職員から計32人,学生・生徒の代表62人,以上合計251人による間接選挙。(1998年10月現在) - 「この法人の設置する学校その他一般教学に関する事項を総括するために総長を置く。」「総長は立命館にあっては本学の学長を兼ねるとともに,外に対しては教学に関した法人及び大学を代表し,内にあっては大学高等学校及び中学校の教学に関する諸事項を総括する」 総長選挙において選挙人251人のうち,学生,生徒代表が62人である。この学生参加の規定改定は1968年12月である。 「寄付行為」「同細則」「総長選挙規定」「学園通信」1998年10月1日号総長選挙特集

法人教学分立制=三元型(○公選 △非公選)

大学(学校法人)名 首長名称 総長(院長・塾長)の選出 学長の選出 総長(院長)の位置づけ・役割 備考(学生参加) 出典
青山学院大学(青山学院) 理事長,院長,学長 △院長選考委員会(評議員全員)により同候補者3名を選定する。理事会はその3名について投票する。総投票数のうち2/3以上を必要とする。院長に学長を兼任することは可。 ○学長選考委員会(院長,各学部より互選の専任教員,大学職員の互選による3名計22名)の選挙による上位者3名について選挙人(大学専任教員全員とその1/6の大学職員)による投票。 院長「学校法人青山学院理事会に対して責任を負う」,「外部に対して学院を代表する」,「学院全教職員会の議長となる」。学長「本学を代表し,校務を総括し,嘱託の職員を統督する」,「教育上の成績に対する責を負う」 院長の理事長及び学長兼任時代があった(大木金次郎時代)。院長の諮問機関に全学院協議会がある。 「寄付行為」「同施行細則」「同大学職制」
関西学院大学関西学院 理事長,院長,学長 △院長の有資格者は専任教職員且つ福音主義キリスト者,院長選考委員会(理事全員,同数の教職員代表)によって選定された5〜10名の候補者に対して選挙人(理事,評議員,専任の教職員)の選挙による。理事長,院長の兼任可。 ○学長の有資格者は専任教授・助教授。選考は第一選挙,除斥投票及び第二次選挙による。第一選挙:専任教員(専任講師を含む)が投票して上位5人を候補者リストに登録する。除斥投票:全学生により除斥投票,在籍学生の過半数に及んだ候補者は除斥。第二次:除斥後の候補者リストについて,専任教職員の投票を行う。 院長は「この法人の設置する学校の一切の校務を統括するとともに(中略)教学と経営との調和発展を図るものとする。」(施行細則第3条)学長については職務権限に関する規定はない。 1969年以降全学生による学長候補者の除斥投票が行われている。最近の投票率3%。「学長辞任請求規定」によって,教職員と並んで学生の学長辞任請求も認められている。 「寄付行為」「同施行細則」「院長選任規定」「学長選考規定」『同百年史』『「関学ジャーナル』175号(2001年10月1日)
専修大学専修大学 理事長,総長,学長 △「総長は創立精神を護持する」「この法人は理事会の定めた総意に基づき総長を推薦することができる」。常置ではなく,現在は空席。 ○学長候補有資格者:(1)専任教員,(2)現職の学長が推薦する学識者,(3)専任講師以上の教員の20名以上が推薦する学識者。選挙人:講師以上の専任教員と主任以上の専任職員。 「総長はこの法人統合の表徴であって,これによって創立の精神を護持する」(寄付行為)「学長は大学を代表し,校務を掌り職員を統督する。」(学則第40条) - 「寄付行為」「学長選任に関する規定」
中央大学中央大学 理事長,総長,学長 △総長は原則として中央大学教授の中から選任する(基本規定改正の附帯決議1978年7月)。総長選考委員会(学長以下教職員の代表及び理事会・評議員の代表計60人)が選考した候補について理事会が選任する。総長・理事長の兼任及び総長・学長の兼任は可。 ○学長の被選挙資格:選任教授。選挙人:各学部教授会員(教授,助教授,専任講師)及び専任職員中一定の有資格者(参与,参事,副参事は全員。主事及び副主事は互選による若干人で計150人。 総長たる理事を理事長に選任すること及び,総長と学長を兼ねることはできる。ただし三役兼任はできない。「総長はこの法人の設置する学校その他学術研究機関を総括統理する」(基本規定),「学長は中央大学の校務を掌り,所属職員を統督する」(学則第2条) 全学的な教学または研究教育問題に対する総長の諮問機関として,「教学審議会」及び「研究教育問題審議会」がある。前者は法人所属の研究所・学校の教育問題について審議し,後者は諮問に対する答申の他,教授会の議を経た意見具申を行うことができる。 中央大学基本規定」「総長に関する検討委員会答申」「学長に関する規則」「教学審議会規定」「研究・教育問題審議会規定」
東海大学東海大学 理事長,総長,学長 △理事会が評議員の意見を聴いて選任する。総長・学長・理事長の兼任可。2002年11月現在,3職は兼任されている。 △理事会の同意を得て理事長が任命する。学長・副学長とも職務権限の明記はない。 総長の建学の精神に則り,この法人の設置する学校教育を総括する。 総長は学長会議の議長(東海・九州・北海道の差3大学)。法人設置の諸学校は大学・短大・高校・中学・小学・幼稚園。 「寄付行為」『東海大学五十年史』「学長及び副学長選任規定」
同志社大学同志社 理事長,総長,学長 ○1955年以来暫定的手続 理事長があらかじめ,延人数10名の総長候補者(教職員から5名,校友会から3名,同窓会から2名)の推薦を求め,この推薦された候補者について,教職員の直接選挙によって総長を選任する。総得票の過半数を得たものが当選する。理事長の総長兼任は可。 ○1954年以来暫定的手続 被選挙人:65歳未満,在職1年以上の専任教授。選挙人:選任教員,職員及び学生。第一次投票:教員1人で2票,他は各1票,総有効投票の2/3の得票者が当選。当選者欠の時は上位3人を選び第2次投票に進む。第二次投票:専任教員のみで投票し,その過半数で当選。 総長制復活の根拠:学校教育法・私立学校法制定により,総長制は不要と判断して一旦廃止した。しかしのち「多くの学校を設置する法人としては」「これらの諸学校の教学を統轄するために総長は必要と」して復活した。学長の職務権限については不明記。 学長選挙への学生参加について1954年4月27日の学生大会で学生参加が要求され,同6月から実施,第1回目は大下角一教授が当選。最近では約3%の投票率 「寄付行為」「同志社学長選出施行要綱」『同志社百年史通史編二』「社史資料室」
明治大学 理事長,総長,学長 △総長は評議員会で選任する。手続は総長選考委員会(評議員9人,各学部,短大教授会で選出した専任教授各1人,理事長の推薦した2人で構成)において2/3の委員の同意によって候補者を決め,評議員会において専任する。 ○学長の選任は学部連合教授会の選考を経なければならない。選考した学長候補者は,理事長がこれを評議員会の承認を得なければならない。 「総長は,この法人の設置する学校の教育を総括する」。総長の学長兼任は可。学長の権限については不明記。学則も同じ。 総長と学長の選任の順序は必ず,総長を先とし,学長はその後とする。現在兼任は慣行としていない。 「寄付行為」「同施行細則」。2005年4月1日総長制を廃止した。
立教大学立教学院 理事長,院長,総長 △院長の選任は,理事会においてこれを行う。 立教大学総長の任命は,立教大学教職員の選挙にもとづき,理事会においてこれを行う。第一次選挙:総長選挙候補者推薦委員会において推薦された候補者について選挙人(専任の勤務員でチャプレン,専任教職員等,校務職員も含む)が投票し,上位3名まで候補者をしぼる。第二次選挙:上記の3人について第二次選挙人(専任教授以下教員とチャプレン・カウンセラー及び一部の職員・技術員)が投票し,1人を選出する。 院長はこの法人の設置する学校及び研究に関する事項を統轄する。総長は大学を代表し,校務全般を統括する。 院長は総長を兼任することは可。 「寄付行為」「立教学院職位職制規定」「立教大学総長候補者選挙規定」

023重田澄男著『マルクスの資本主義』

akamac2007-06-23

書誌情報:桜井書店,255頁,本体価格3,800円,2006年4月25日,[asin:4921190348]

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資本論』における資本主義概念は「資本主義 Kapitalismus 」ではなくて「資本制生産 kapitalistische Produktion 」と「資本制生産様式 kapitalistische Produktionweise 」である*1。この資本主義概念は『資本論』執筆構想が具体化する過程(1860年前後)で使われるようになったものであり,それ以前はフランス語形で「ブルジョア的生産 la production bourgeoise 」やドイツ語形で「ブルジョア的生産様式 bürgerliche Produtikionsweise 」といった用語で表現されていたものであった。
著者は前著『資本主義を見つけたのは誰か』(桜井書店,2002年4月,asin:4921190151)においてすでにマルクスによる「資本主義」発見とその前後について詳細な分析をした(評者の書評も参照。https://akamac.hatenablog.com/entry/20070308/1173338502)。「ブルジョア的生産様式」用語が「資本にもとづく生産様式」を経て最終的に「資本制生産様式」に転生する過程を追い,前者であっても後者であっても資本主義という対象的事物としては同一であることを確認した。
前著同様本書でもまとめられている『資本論』における資本主義用語はつぎのようである(178ページ)。

資本主義用語 資本論』序文・後書き 資本論』第1部 資本論』第2部 資本論』第3部
ブルジョア的生産 0 2 0 0 2
資本制生産 4 100 98 132 334
ブルジョア的生産様式 0 1 0 1 2
資本制生産様式 4 63 21 201 289
ブルジョア社会 2 8 0 6 16
資本制社会 1 3 7 2 13
資本制体制 0 7 1 8 16
資本主義 0 0 1 0 1

資本論』では「ブルジョア的生産」「ブルジョア的生産様式」はほとんど使われず,「資本制生産」「資本制生産様式」用語に全面的にとってかわられている。「ブルジョア的生産(様式)」の使用は「落ちこぼれ的に残った」(178ページ)ものであり,ゆくゆくは「死語」「廃語」(179ページ)になる言葉である。「資本制生産」は生産そのものについて,「資本制生産様式」はより広がりをもった経済関係についてのあり方,を示す。
マルクスの資本主義概念は規定さるべき実体のない「資本主義」ではなく,生産や生産様式の特殊なあり方としての理解を前提にしたものだ。そのことは,生産手段が資本の,人間労働が賃労働の形態をとるものとして,生産活動の起動因と目的が剰余価値の生産と資本による獲得であることを示すものにほかならない。
著者による資本主義発見と資本主義用語の確立の探求は,『資本主義の発見――市民社会と初期マルクス――』(御茶の水書房,1983年;改訂版:1992年,asin:4275013778),『資本主義とは何か』(青木書店,1998年,asin:4250980413),前著,そして本書を通してほぼ完結した。「本書によって,資本主義用語にかんするわたしの研究は,出発点としての《原点》に立ち返り,円環は閉じることになった」(246ページ)。
本書はマルクスを対象とした近代社会認識を追究してきた著者の集大成である。評者は前著にたいして「『資本主義』概念の社会思想史的密度を格段に濃くした」と評したことがある(https://akamac.hatenablog.com/entry/20070308/1173338502)。本書は資本主義の発見者マルクスによる資本主義概念を再確認する書だ。

*1:形容詞 kapitalistisch は直訳では「資本家的」に,通常では「資本主義的」とされている。「資本主義 Kapitalismus 」はマルクスにあっては例外的に(『資本論』中で1個所)使われているだけであり,その形容詞的概念になる「資本主義的○○」とは使うべきではないとする著者の信念がある。「資本主義 Kapitalismus 」という用語はマルクス死後一般に普及し,たとえばドイツ語 Kapitalismus や英語 capitalism は普通に使われている。

022山本義隆著『一六世紀文化革命』1・2

書誌情報:みすず書房,(1))v+1〜390+29頁,(2)v+391〜737+101頁,本体価格各3,200円,2007年4月6日

一六世紀文化革命 1

一六世紀文化革命 1

一六世紀文化革命 2

一六世紀文化革命 2

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古典力学の形成』(日本評論社,1997年,asin:4535782431)と『磁力と重力の発見』1・2・3(みすず書房,2003年,asin:4622080311asin:462208032Xasin:4622080338)の著者による大著である。近代の科学技術がなぜ西洋近代にのみ誕生したのか,1500年代ルネサンスの時代に知の地殻変動があったのではないかという前著作での宿題と人生の宿題への解答を込めている。ルネサンス時代の人文主義的傾向とはまったく別に文字通り「一六世紀文化革命」があり,近代科学・技術の先駆けとなったとする仮説の提唱でもある。本書が扱っている分野は,芸術理論,外科学,解剖学,植物学,冶金術と鉱山業,算術と代数学,力学と機械学,天文学・航海術・地図学にまでいたる(第1章から第7章まで,以下の一覧参照)。特殊な文化革命の特徴を帯びているイングランドと文化革命の底流をなす言語革命については独立に論じ(第8章と第9章),一六世紀文化革命の意義と限界を結論的に叙述する(第10章)。

登場人物
1 序章 全体の展望 -
- 第1章 芸術家にはじまる レオン・バッティスタ・アルベルティ,レオナルド・ダ・ヴィンチアルブレヒト・デューラー
- 第2章 外科医の台頭と外科学の発展 ヒエロニムス・ブルンシュヴィヒ,パラケルスス,アンブロアズ・パレ
- 第3章 解剖学・植物学の図像表現 レオナルド・ダ・ヴィンチベレンガリオ・ダ・カルピ,ヴェサリウス
- 第4章 鉱山業・冶金学・試金法 ビリングッチョ,アグリコラパラケルスス,ラザルス・エルカー
- 第5章 商業数学と一六世紀数学革命 フィボナッチ,ルカ・パチョリ,ニコラ・シュケー,タルターリア,カルダーノ,ボンベッリ,シモン・ステヴィン
2 第6章 軍事革命と機械学・力学の勃興 タルターリア,グィドバルド・デル・モンテ,ラメッリ,シモン・ステヴァン,ガリレオ・ガリレイ
- 第7章 天文学・地理学と研究の組織化 プトレマイオス,レギオモンタヌス,チコ・ブラーエ
- 第8章 一六世紀後半のイングランド ロバート・レコード,ジョン・ディー,ディッゲス父子,ウィリアム・ボーン,ロバート・ノーマン,ウィリアム・ボロウ
- 第9章 一六世紀ヨーロッパの言語革命 ジョン・ウィクリフエラスムス,ルター,ジョルダノ・ブルーノ
- 第10章 一六世紀文化革命と一七世紀科学革命 ベルナール・パリシー,シモン・ステヴィン,フランシス・ベーコン

著者の主張する「一六世紀文化革命」は,ラテン語によって障壁を築かれていたアカデミズムによる知の独占にたいして,市井の一般人(一部封建貴族も含まれる)といってもいい,芸術家や職人・技術者,「理髪外科医」と蔑視されていた外科医,算数教師,船乗りたちによる挑戦である。第1章から第7章までに登場する夥しい登場人物はこれらの詳述である。「はじめて」あるいは「最初に」という形容が頻出するように,文献で確認される「文化革命」のインパクトを執拗に追求している。
イングランドの文化革命を特殊とするのは大陸と異なりいわば「上からの」革命として遂行されたからだとする。知識人のヘゲモニーで進められ,来る世紀に学問をふたたび知的エリートに引き渡す過程――イングランドが17世紀科学革命の先頭に立ち得た理由――と理解される。
本書による問題提起はいくつかある。ひとつは,リベラル・アーツの限界性である。よく知られているように,中世の学芸学部(現在の教養学部に相当)のうえに専門学部として神学部と法学部と医学部があった。学問とは神学であり法学であり医学であった。学芸学部で教えられていたものは,「三学四科」(ラテン語学習を中心とする文法・修辞学・弁証法と数学・幾何学天文学・音楽)であり,リベラル・アーツ(著者は自由学芸としている)だ。リベラルつまり自由というのは自由人が身につけるべき学芸というわけだ。それ以外は機械的学芸として蔑まれ,学問の対象とはみなされていなかった。ここに焦点をすえ,文化革命を論じたところに著者の慧眼がある。
ふたつめは,著者が説く俗語による出版がラテン語の翻訳でもあったことを明らかにしたことだ。日本ではとかく輸入学問と揶揄されがちな翻訳だが,自国語で読むことができる文化の意義を高らかに宣言したことになる。
著者はまた職人たちが担った文化革命が,個人的な栄光を求める私的な意図や打算も認めつつ,ベーコンとは異なり公開を旨としていたことも指摘する(第10章)。もし,一六世紀文化革命を現代に生かすとするならひとつの手がかりをここに見いだすことができるだろう。
80ページにおよぶ索引と文献は丁寧な本造りの見本である。「知の地殻変動」は手仕事に誇りをもった人々によってなされたことを知るだけでも本書を繙く意義がある。