128統計学の素養

日本学術会議数理科学委員会数理統計学分科会が報告書「数理科学分野における統計科学教育・研究の今日的役割とその推進の必要性」をまとめた(8月28日,pdf29ページ,http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-h62-3.pdf)。
これによれば「我が国の統計科学の教育・研究の現状」はかなり厳しい。緊急に取り組むべき課題として,①大学院における統計科学教育の充実と教育研究拠点の形成,②全分野融合型の研究の場の創出,③初等中等教育における統計教育の基盤強化,をあげている。2008年3月に学習指導要領の改訂が告示され,中学校数学に統計内容を扱う「資料の活用」領域が新設された。他方で,企業・公営団体が,文科系・理科系出身の区別無く,新入社員・職員に対して統計的な知識・技能を求めている一方で,大学教育で達成されていると評価する企業・公営団体の割合は50%前後であり大学教育が十分に応えていない問題点もある。
この報告書ではさらに,学部・大学院についての問題点をつぎのように指摘している。

  • 学生の統計についての基礎学力の欠如
    • 文科系の学部では,基本的な数学を未習の学生もおり,統計学関連の科目を教える場合に困難を伴う。統計的方法論を理解するための基礎学力(高校数学レベル)の足りない学生が圧倒的に多い。
    • 高校期までに統計基礎の教育がなされていないため,データリテラシーを含め大学・大学院生の知識が不足しており,大学・大学院での教育に困難を覚える。
    • 学生が統計学の研究に興味を持つに至るには,数学の訓練が不足している。
  • 大学と大学院との接続の問題(大学で統計学を学んでいないことの問題)
    • 学生が全くといっていい程,統計の基礎知識が無く,大学院としての統計の専門教育ができない。
    • 高校数学で学ぶ確率計算はできるが,三角関数や指数関数がでてくるとなぜか思考が停止する学生が多い。
    • 統計の基礎となる,また統計を意識した線形代数微積分の基礎を学習させる必要性を痛感する。
    • ( 有名国立大学では) 院生の過半が他大学からの進学であり,学部で統計学を十分に学習していないか全く受けない学生がいるため,指導が難しい。
    • 進学して初めて学習の必要性を感じるケースが多い。

数学からはじまり統計科学の積み上げ方式がうまくいっていないという指摘はわかる。高校・大学(ここではとくに人文・社会科学を想定)時に統計学のおもしろさとその意味することが理解できなければ,また,学卒後において統計的な知識・技能を必要とする場面が自分の事柄として受けとめられなければ,いくら必修にしても実を伴わない。学卒後または大学院進学後,「学習の必要性を感じるケースが多い」ときの必要に応じられる統計学たりえるかがもっと議論されていいと思う。