書誌情報:極東書店,225頁,本体価格2,120円,2011年3月31日発行
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マルクス家にはヘレーナ・デームートというお手伝いさん(domestic servant, Hausangestellte)がいた。マルクス夫妻を看取り,エンゲルスの世話をしながら晩年を送った。その彼女が30歳の時(1851年6月23日)男の子・ヘンリー・フレデリック・デームート(1929年1月28日没,愛称フレディ)を出産した。8月1日付けの出生届には母親欄には彼女の名があるものの,父親欄は空欄のままであった。この男の子はある一家に里子に出された。「ふさわしい教育を受けさせてもらえ」ず,「最下層の人々のもとで育ち,子どもの時からパンのために働かなければならなかったので,きちんとした見習いさえやれなかった」(ベルンシュタインのベーベル宛手紙)。熟練の機械工として生計を立て,一人息子をもうけたという。
フレデリックの父親はかのマルクスである。1851年の「思いがけない出来事」についての当時のドイツ労働者運動の指導者たちの伝承証言や書簡を日英独の3カ国語で編んだのが本書であり,フレデリックの父親はマルクスその人であること,つまりマルクスには非嫡出子がいたこと,を資料的に裏付けている。フレデリックの出生についてはベルンシュタイン,ベーベル,カウツキー,リャザーノフ,クララ・ツェトキンらが書簡を残していた。20世紀はじめにリャザーノフはフレデリック問題の文書や証言を整理していたが,編者のひとりであるフォミチョフによってモスクワのアルヒーフで1992年に発見されるまでモスクワの党文書館で長らく行方不明(=秘匿)とされていた。スターリンの指示であったことが濃厚である――「同志アドラツキー。くだらぬことだ。こうした『資料』は何もかもアルヒーフの奥底にしまっておくように。」【この資料も写真で紹介されている】――。
フレデリック問題に直接言及したマルクスとエンゲルスの書簡は見つかっていない。カウツキーの元妻ルイーゼによれば,マルクスがこの問題についてエンゲルスに当てて書いた手紙を見たことがあるが,破棄したのではないかと推測している。
カール・マルクスとフレデリック・デームートとの繋がりを判断する歴史的資料がこうしてわれわれの目の前にある。末尾に付いている「マルクス家系図」のフォントと線にはギザギザが一杯だ。DTPの初期を思い出した。
フレデリック問題についての資料はすでに『ポートレートで読むマルクス――写真帖と告白帖にみるカール・マルクスとその家族――』で公開されていたものである(下記関連エントリー参照)。
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