733小牟田哲彦著『鉄道と国家――「我田引鉄」の近現代史――』

書誌情報:講談社現代新書(2152),217頁,本体価格740円,2012年4月20日発行

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鉄道と鉄道敷設をどのようにみるか。なるほど政治との結びつきから「我田引鉄」として描くのは我田引水ではない。軌間広軌狭軌をめぐる政治的駆け引きや軍事輸送体制とのかかわり,世銀からの借款による東海道新幹線建設計画,「我田引鉄」で生まれた鉄道,有力政治家による停車場誘導など著者が例示とともに指摘する国家政策は鉄道と鉄道敷設のもつ大きな利権と併走している。
鉄道技術者たちがこぞって描く,鉄道ルート形成に政治の影はない,の対極にあるのが本書である。「すべての路線は政治的につくられる」(本書の帯の惹句)は鉄道と鉄道敷設の本質を言い当てているだろうが,「鉄道のルート形成,それは,計画立案者と現場第一線とが一体となって成し得た無名の碑」(高松良睛,関連エントリー参照)が顧みられることはなくなってしまう。
著者がさりげなく行間においたいくつかの指摘に頷いた。「公共事業体として批判を受け続けた国鉄時代に比べ,JRは外部からの批判に非寛容的になった」(29ページ)。不採算路線切り捨ての「客観的数字」と言われた路線別の営業係数はJRになってから「一切発表しなくなった」(166ページ)。「実態を正確に示す計算が不可能」!(同)というのだから驚き桃の木山椒の木である。新幹線はハードとソフトを組み合わせた総合プロジェクトを原則に新幹線輸出を考えるべきであるとするのは正論であるように思える。
一関(一ノ関)と盛(さかり)を結ぶ大船渡線(本書で「我田引鉄」の代表例として挙げられ,帯には路線図がある)の迂回地・猊鼻渓(げいびけい)・柴宿・摺沢(すりさわ,元大東町,現在は一関市)は通ったことがある。猊鼻渓に行ったときだった。陸中門崎から千厩(せんまや)への直進ルートを摺沢経由にした功労者の佐藤秀蔵・良平親子の銅像が駅前に建っているという。見逃してしまったぞう。