738北川智子著『ハーバード白熱日本史教室』

書誌情報:新潮新書(469),190頁,本体価格680円,2012年5月20日発行

ハーバード白熱日本史教室 (新潮新書)

ハーバード白熱日本史教室 (新潮新書)

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ハーバードで3年で Dr.Kit と呼ばれ,「ティーチング・アワード」と「ベスト・ドレッサー」を受賞し,「思い出に残る教授」に選出された若き日本史教師の成功物語だ。サムライ史観を逆利用しながら女性史を織り交ぜた LADY SAMURAI とアクティブ・ラーニングを取り入れた KYOTO の誌上再現,そのふたつの講義にかかわるハーバードのティーチング・システムの描写がいい。ハーバードの教員を「先生」ならまだしも「教官」(「退官」)と書くのには共感できない。
キューと呼ばれる学生による教員評価は実施するだけでなく公表されていることや受講生18人あたり1人の TA がつく制度は日本の大学でも見習いたいものだ。いい講義をするために準備に多くの時間をかけ,自分の趣味を講義に生かすこと(著書の趣味はピアノ,お絵描き,スケート)によって自分の講義にアクセントを付ける。「趣味にかける時間が人一倍長く,毎日何かしらの活動に本気で没頭して遊んでい」(111ページ)るという。5つのハンディ――女性である,若い,アジア人種である,英語が母国語ではない,テニュア付き教授ではない――もなんのその,バイタリティ溢れる教育への姿勢は初老の評者にも大きな刺激となった。
LADY SAMURAI については,「新渡戸の武士道は,歴史史料を引用した歴史事実ではなく,時代が新渡戸に創造させた新しいコンセプト」(65ページ)はそのとおりである。「サムライが全面に出すぎたために,女性は完全に歴史から排除され,これがサムライの女性などいないという固定観念につながった」(67ページ)。女性のサムライを発見しそれを LADY SAMURAI に生かしたのは著者の創意である。「武士道は,サムライという男性名詞を前提に創られた,20世紀の日本文化」(91ページ)であるなら,サムライを冠するかぎり LADY SAMURAI も武士道観念に囚われたネーミングになってしまう。
「日本のアイデンティティを確固たるものにする歴史叙述」(182ページ)を目指す「大きな物語」を「印象派歴史学」として描こうという若き歴史研究者の目に LADY SAMURAI 以外の何が見えているのかはわからない。