660東アジアにおける経済学導入史(経済学史学会第77回全国大会報告レジメ)

経済学史学会第77回全国大会(関西大学,2013年5月25日・26日,プログラム→http://jshet.net/docs/conference/77th/program77th.pdf)の第1日第2会場第2報告で予定しているレジメである。

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東アジアにおける経済学導入史

はじめに
日本の経済学導入史を振り返ってみると,マルクスを含む古典派から新古典派にいたるまで大部分が翻訳を通してであった。経済学導入という視点からみれば,欧米においても同様であり日本にかぎったものではない。「輸入学問」として揶揄されかねない翻訳を通した普及と受容も,とりわけ「市民社会」をキーワードとする近代化の過程に位置づけてみると,むしろより積極的な意味をもっている。
ここでは中国と韓国を中心に東アジアへの経済学の普及状況を分析することによってそうした翻訳=受容の一端をみてみたい。よく知られているように,経済学の東アジアへの導入は欧米から直接ではなく日本を経由した時期がある。19世紀末から20世紀初めにかけての時期,いち早く近代化を成し遂げた日本は,東アジア諸国における日本の植民地支配との緊張関係のもとで東アジア圏でもっとも影響力をもっていた。日本をひとつのハブとしてこの時期に集中的に紹介されたのがマルクス経済学と古典派経済学である。
本報告では東アジアにおける経済学導入の実際を紹介し,日本から東アジアへの一方的な影響だけでなく,東アジアから日本への影響も無視し得ないことを明らかにしたい。

  • (1) スマイルズ【平川】
    • (ア)英語から一冊丸ごと訳した最初の本
    • (イ)中村正直西国立志編 原名 自助論』1870(明治3)年→Samuel Smiles, Self-Help, 1859
    • (ウ)黄遵憲(駐日清国公使館):中村の漢文を通じてスマイルズの産業文永礼賛が東アジア漢字圏へ広がる
    • (エ)羊羔(ようこう)『自助論』(上海海通社,1903年
      • ①楊昌済によるスマイルズ(斯邁爾斯)の紹介(『新青年』2-4,2-5,1916-17)
      • ②娘は毛沢東の最初の妻→「自力更生」への影響?
  • (2) ハックスリー【平川】
    • (ア)中国における西洋思想の本格的受容:Thomas Huxley(赫胥黎,1825-1895),Evolution and Ethics, 1893;厳復訳『天演論』(1898)
    • (イ)厳復訳『羣己権界論(ぐんこけんかいろん)』1903(魯迅胡適も読む)←J. S. Mill, On Liberty(中村訳『自由之理』1872,梁啓超「日本中村正直ハ維新ノ大儒ナリ」)
  • (3) J. S. ミル【鈴木】
    • (ア)The Subjection of Women, 1869→抄訳:深間内基『男女同権論』878(明治11)年:全訳:野上信幸訳『婦人解放の原理』1921(大正10)年→「男女同権」の言葉を一気に社会に広める
  • (4) A.スミス【トッドら】
    • (ア)厳復訳『原富』1902年
      • ①「英倫斯密亜丹原本,候官厳復畿道翻訳,原富,南洋公学訳書院第一次全書出版」
      • ②和綴本,全8冊581丁
      • ③原本:J. E. T. Rogers編オックスフォード版(1869年,第2版1880年
      • ④中西年表を付した年号対照
      • ⑤部分訳で,9冊本(1929年),3冊本(1930年,用語解説付き)
    • (イ)王亜南等訳『国富論』:詳細不明
    • (ウ)劉光華訳『国富論』:詳細不明
    • (エ)韓国語訳:「崔虎鎮,丁海東共訳,国富論,春潮社,1971年」
      • ①1394ページからなる大部の1冊本
      • ②底本:E. Cannan版第6版(1950年)
      • ③崔は九州帝国大学で経済学を学んだ経歴
      • ④竹内謙二訳,青野季吉訳,大内兵衛訳を参照
  • (5)『共産党宣言
    • (ア)日本における翻訳=影響史【橋本】
    • (イ)中国【大村ら】
      • ①1848ドイツ語版→1888英語版→1906日本語版→1920中国語版
      • ②陳望道訳(上海『星期評論』,1920年,7部のみとも1000部とも),成仿吾・徐冰訳(延安解放社,1938年),華崗訳(華崗書店,1930年,英華対訳,各種序文の英文),陳痩石訳(1943年),博古(秦邦憲)訳(中央委員会付属,ロシア語版を参照),モスクワ訳(1948年),編訳局訳(1949年,著作集・選集に収録),編訳局訳(1995年,最新中国語訳)
      • ③韓国語については詳細不明
  • (6) 課題の整理
    • (ア)19世紀末から20世紀初めにかけて日本を経由して中国に導入
      • 中村正直の役割(漢文基調)
      • ②SmilesやJ. S. Millらから古典派経済学を経てマルクス
        • 1.ただし,全容は不詳
        • 2.とりあえず,古典派経済学の状況について調査中
      • ③日本への中国人留学生(亡命者)の存在
      • ④中国革命への思想的インパク
    • (イ)中国におけるマルクスエンゲルス
    • (ウ)韓国
      • ①『資本論』『ドイツ・イデオロギー』については一定判明(戦後中心)
      • ②古典派などは1971年が初訳?