939司馬遼太郎著『台湾紀行――街道をゆく40――』

書誌情報:朝日文芸文庫(し-1-43),393頁,本体価格600円,1997年6月1日発行

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台湾の記念日「二・二八」を挟む2月末に台湾(高雄)に行ったこともあり,20年ぶりに再読した。あの八田與一のことも嘉義農林のことも評者が知ったのはこの本であった。(司馬が高雄で泊まったホテル高雄國賓大飯店(Kaohsiung Ambassador Hotel)とたまたま同じだったようだ。)
紀行文は93年の時(1月と4月)のもので,蔣経国の死亡(87年7月),李登輝総統誕生(88年1月),42年間も改選されることがなかった大陸系国会議員引退(91年12月31日付け)の後にあたり,新しい台湾の息吹と希望を託した文章が綴られている。司馬と李登輝はともに旧日本陸軍予備役士官教育の第11期生であり,司馬の李登輝への思いはことのほか強い。
司馬はこの紀行を書くにあたって,多くの書籍類を読んでいる。大航海時代,オランダ時代,鄭成功時代,清朝時代,考古学,文化人類学,植民地時代,製糖業,風俗誌,台北帝国時代,中学校の同窓会誌,孫文伝,蔣介石伝,蔣経国伝,中華民国時代,戒厳令時代などなど。自費出版の自伝や手記まで読んだという。
日本統治下の「法治社会」「法治制」と中華民国時代の憲法停止・戒厳令という対比は鮮やかだが,台湾人からの視点も忘れていない。「三百年も独力でひとびとが暮らしをつづけてきたこの孤島を,かつて日本がその領土にしたことがまちがいだったように,人間の尊厳という場からいえば,既存のどの国も海を越えてこの島を領有しにくるべきない」(367ページ)。
ベルリンの壁崩壊,旧ソ連の解体とほぼ同じ時期に東アジアの一島でおこった静かな革命はいまなお進行中である。