書誌情報:岩波新書(1569),viii+220+4頁,本体価格780円,2015年10月20日発行

- 作者:田中 一郎
- 発売日: 2015/10/21
- メディア: 新書
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地動説を唱え宗教裁判で有罪判決を受けたガリレオ。「それでも地球は動いている」と呟いたというガリレオ。宗教と果敢に闘ったガリレオ。どうやら単純なことではないらしい。
ガリレオを偏愛したナポレオンがヴァチカンからフランスに運び込んだ異端審問所の裁判記録3600巻、判決文300巻が失われたままだという。著者が「人類が経験したもっとも悲惨な出来事のひとつに数え入れてもいいかもしれない」(6ページ)と嘆く事情があった。それでもアントニオ・ファヴァロ『国定版ガリレオ・ガリレイ全集』(19世紀末から20世紀初頭にかけて編纂),セルジョ・パガーノ『ガリレオ・ガリレイ裁判資料集』(1984年)を経て,同『ガリレオ・ガリレイ裁判ヴァチカン資料集(1611-1741)』(2009年)によって残存ガリレオ裁判記録が公になった。
たしかにガリレオを批判したのは「日常経験から得られる素朴な宇宙観と「聖書」の章句を振りかざ」(47ページ)す聖職者や神学者であった。だが「トスカナ大公付き主席数学者兼哲学者」だったガリレオにたいして,教皇の怒りを買ったために宗教裁判にかけられたのでもなく,陰謀によって有罪に処せられたわけでもない。ガリレオは一度たりとも異端の罪を犯したと述べておらず,宗教をとるか科学をとるかの二者択一ではなくどちらも守ろうとした苦渋のなかにあった。たしかに宗教裁判によってガリレオの投獄刑と『天文対話』の禁止(判決での刑の重さ)が決定された。しかしこれものちに教皇の権限で当初に予定していた実際の軽い処罰になった。
近代科学がキリスト教世界で誕生した。その象徴がガリレオ裁判だったという著者の意見はすくなくともガリレオ裁判を科学と宗教の対立とする巷間の俗説とは異なるものだ。科学者ガリレオは敬虔なカトリック教徒ガリレオでもあったのだ。
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