漱石が下宿していた当時は小料理屋だった（元は松山藩久松家の家老菅氏の屋敷，料理店と骨董店になった）。所有者は「津田安」こと津田安五郎という人物で，『坊っちゃん』には，「主人は骨董を売買する「いか銀」という男」として登場する。「いか銀」に毎日のように印材や掛物の「骨董責め」にあい閉口した様子も描写されている。後に二番町の上野義方の離れ（愚陀仏庵）に引っ越したのは，家賃が高かっただけでなく「骨董責め」にも原因があったのかもしれない。
子規宛に「眺望絶佳の別天地」と書いたことで知られている。漱石はここで3カ月ほど暮らした（1895年4月から6月下旬まで）。漱石は愛松亭の前に数日間，三番町きどや旅館（城戸屋旅館）におり，2度目の引越だった。
萬翠荘，愛松亭への途中左側には，漱石が同年4月16日に愛松亭で書いた恩師神田乃武宛の松山着任第一報の書簡碑と副碑が建っている。萬翠荘の正面前の庭にある藩政時代の井戸は，愛松亭時代の漱石も愛飲していた。「いか銀」とのやりとりも『坊っちゃん』にある。「亭主がお茶を入れましょうと言ってやって来る。お茶を入れると言うからご馳走をするのかと思うと，おれの茶を遠慮なく入れて自分が飲むのだ。この様子では留守中も勝手にお茶を入れましょうを一人で履行しているかもしれない」と漱石らしい。
漱石が愛松亭に下宿していたころ，高浜虚子が子規の勧めで訪問している。漱石はちょうど弓の稽古をしていた。愛松亭の裏庭には弓の的をかけるための盛り土（垜＝あずち）があった。それから12年後，漱石は1907年7月16日付虚子宛書簡で，愛松亭に残っている垜と道後温泉を懐かしんでいる。愛松亭はのちに旧藩主久松家の別邸となり，高浜虚子の長兄池内政忠が管理人として住むことになった。虚子には政夫という兄がおり，娘の鶴（つる）［俳人・今井つる女］が政忠の養女となり，久松家別邸管理人の家族として住むことになる。
時代は移り，建物は新しくなり，いま漱石珈琲店「愛松亭」が建つ。漱石生誕150年を記念して2017年10月17日にオープンした。二匹の猫がおり，夏目坊ちゃんと夏目マドちゃんである。どっちがどっちなのかは聞きそびれてしまった。二匹とも上品だった。
-漱石珈琲店愛松亭→http://www.bansuisou.org/aishotei/
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