037奥山俊宏著『兵庫県告発文書問題ーーなぜ日本を揺るがすのかーー』

書誌情報:岩波書店,423+32頁,本体価格2,700円,2026年4月28日発行

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2014年3月,兵庫県西播磨県民局長が匿名で「斎藤元彦兵庫県知事の違法行為等について」と題した7項目4ページの告発文書を兵庫県警,国会議員,県議会議員,報道機関など10箇所に郵送した。「民間の一般人」から文書を入手した知事は同月中に文書作成者を特定し,通報者が使っていた公用パソコンを押収した。告発された当人である斎藤知事は即座に告発者を特定した。3月27日,斎藤知事は記者会見の場で,告発者が事実無根の内容であることを認めたことは一度もないにもかかわらず,「ありもしないことを縷々述べた内容を作ったことを本人も認めている」と発言した。「一連の問題で最初に拡散された偽情報」(23ページ)である。さらに,「嘘八百含めて文書を作って流す行為は公務員としては失格」と「それそのものがパワーハラスメント」(24ページ)を公然とやってのけた。斎藤知事は兵庫県のトップとして通報者探しを防ぐための措置をとらなければならないのに,部下に命じて通報者探しをやってしまった。公益通報者保護の観点が兵庫県文書問題の核心であることがよくわかる。5月7日,県は西播磨県民局長を4つの非違行為を理由として停職3カ月の懲戒処分にした。
「知事や副知事は,自分たち自身が告発文書で非を指摘されているので,カッとなってしまい,自分たちの地位の重さ・役割や公益通報者保護の必要性を忘れ,自分たちの私的な感情(告発文書を作成した人に対する不快感)や私的な都合(告発文書を作成した人の粗を探してその信用性を傷つけ,告発文書の内容への信用を少しでも低くしようとする私的な都合で,他の職員への見せしめとすることで同様の内部告発が連鎖するのを差し止めようとすること)を優先した」(74ページ)。まさに告発者の「捨て身の内部告発に対する前時代的なひどい仕打ち」(80ページ)である。
告発文書で指摘されていたおねだり,第三者委員会設置の提言,告発者の指摘情報の指示の有無などへの斎藤知事の対応は部下の証言と大きく異なっている。記者会見での各種質問への「認識」の常用は,「自分にとって都合の悪いことを記憶の対象から外し,忘れてしまおうとする認知の癖があるのかもしれない」(140ページ)・「まるで子供の下手な言い訳」(144ページ)と理解すると合点がいく。
同年11月の兵庫県知事選が歴史に刻まれることになったのは,立花孝志による「二馬力選挙」の最初の実践になったからである。この選挙に先立つ10月,『文藝春秋』11月号に斎藤元彦は,「兵庫県知事の失敗と反省 感謝の言葉が足りませんでした」で,「どうして匿名の文書を不特定多数に送るのか」と書いた(164ページから孫引き)。告発文書は10箇所であり,不特定でも多数でもない。公然性がなく名誉毀損罪にも違法な誹謗中傷でもないにもかかわらずだ。「兵庫県知事選をめぐって最初に流布されたデマであり,偽情報」(165ページ)である。知事選前から百条委員会の委員となっている一部の県議らに陰謀論や個人攻撃が集中されるようになる。元県議が自ら命を立つ悲劇ももたらされた。著者は,事実と異なる情報やデマが流布されているのに新聞やテレビは対応できなかったことを的確に指摘している。著者本人にたいしてもデマ,陰謀論,誹謗中傷,個人攻撃があった。この事実も著者は冷静に書き込んでいる。「SNSのちからが選挙結果を変え得ると示された,日本で初めての選挙として,2024年の兵庫県知事線は歴史に刻まれ」(224ページ)た。
2025年3月4日,政府は公益通報者保護法に違反して解雇や懲戒をした者に6カ月以下の拘禁刑を科し,その法人に3千万円以下の罰金刑を科すとの条文が盛り込まれた公益通報者保護法の一部を改正する法律案を閣議決定した。同日,兵庫県議会の百条委員会は38ページの調査報告書を公表した。報告書は,告発文書には真偽の事実確認ができなかった項目があるが,一定の事実が記載されており,虚偽ではないこと,パワハラについては「概ね事実」と指摘した。そして,告発文書は公益通報であり,件の対応は公益通報者保護法に「違反している可能性が高い」とするとともに,通報者の特定を優先し,文書作成者を公表し,個人情報をさらしており,「現在も違法状態が継続している可能性」を結論づけた。
3月19日,県が設置した文書問題に関する第三者調査委員会も,おねだり事実や違法行為の一部不認定を含みながらも,パワハラについて16件中10件を該当すると認定した。同委員会は,告発文書は不正目的ではなく,公益通報(3号通報)に該当すると断定し,「県が措置の方向性を見誤った原因は,利害関係のある者の関与にこそあると言うべきである。(中略)本件文書内容に関係のある者が調査を指示し,処分決定過程にも関与したことで,懲戒処分の公正さを疑わせる事態を招いた」「(改行)この点における県の対応は,法律及び指針の趣旨にはんするものであって,極めて不当」(315ページから孫引き)と断定した。あわせて,前年3月27日の斎藤知事の「嘘八百」「公務員失格」発言をパワハラに該当するとした。
兵庫県告発文書問題は,兵庫県の問題だけでなく,「民主主義とSNSの問題」(「あとがき」422ページ)と「公益通報者保護のあり方の問題」(同上)の「病巣」(同上)をあらわにしている。
著者による兵庫県告発文書問題の徹底した事実確認は,「事情能力を発揮できない兵庫県」(=兵庫県議会および兵庫県職員労働組合と読みたい)や国の出番を示唆している。兵庫県は職員公益通報制度の要綱を改正し(2024年12月16日),それまでなかった外部窓口を設けた。にもかかわらず,通報の調査と是正については知事からの独立性が確保されていない。再度の改正においても(2015年12月24日),調査と是正の2業務に関する条項はそのままである。
兵庫県は,告発者の処分の撤回(「適切な救済・回復の措置」)をとる義務も公益通報者の探索をおこなった知事や職員にたいして「懲戒処分その他適切な措置」をとる義務を負っているにもかかわらず,違法状態が続いたままになっている。