153ノーメンクラツーラからオリガーキへ

音羽周「現代ロシアにおける権力と富――ロシアの現在を理解するための一考察――」(『経済』第158号,2008年11月号,新日本出版社)を読んだ。旧ソ連末期のゴルバチョフ政権下で促進されたペレストロイカ政策から2000年代前半までの所有構造変化の歴史を分析したもので,評者にとってロシア「資本主義」を考えるかっこうの文献であった。おおよそはこうだ――。
旧ソ連からロシアへの体制変換の始まりは,コムソムール(全ソ・レーニン共産主義青年同盟)主導の特権的経済活動とノーメンクラツーラ(党・国家機関の支配層)による私有化を内容とする資本主義化にあった。ソ連崩壊後のロシアでは,ノーメンクラツーラのうちの一部がブルジョア化し,新体制でのエリート層になった。また,一部は「全権委任階級」をエージェントとして使い私有化された国家資産を間接的にコントロールした。この「全権委任階級」から新しく金融オリガーキ(オルガルヒヤ寡頭制,少数者の権力。オリガーキを構成している個々の金融資本家,新興財閥のことをオルガークという。)が登場し,官僚を従属させる体制ができた。
ところで,1998年8月の金融危機は,金融オリガーキ体制を解体し,官僚の支配力を復活させ,オリガークの政権への従属化を招く。プーチン政権のオリガークとの「等距離政策」は,オリガークの封じ込めが狙いであり,敵対オリガークの排除,従順オリガークの温存政策であった。象徴的事件が「ユコス」事件であり,官僚が直接,私有化された国家資産をコントロールする契機となった。ロシアでは,官僚が超巨大会社の直接管理に乗り出し,官僚的コーポレーション(官僚が支配する国策会社)を特徴としており,それを支配しているのが官僚オリガーク(官僚による寡頭支配構造を構成しているメンバー)である。官僚が超巨大会社のビジネスマンとなり,国家権力を利用することで利益を確保する。――
【「ユコス」事件とは,ロシア最大の民間石油会社だったが,現代的な企業統治システムの導入や欧米の石油メジャーとの合体を計画した。ホドルコフスキー社長はその後脱税などの罪で逮捕・収監され,会社そのものが解体,資産が没収された。】
このように,「資本主義」国家ロシアでは,国家資産や国有資産をめぐる熾烈なたたかいがつづいており,私的所有を前提にした資本主義の深化ではないというのだ。ロシアでは帝政時代から現在まで少数者の権力が国を支配し,官僚的資本主義が今後とも目指す経済モデルであるとすれば,次々に生まれているとされる富裕層は新しいビジネスを発展させることはない。BRICSの一角をなすロシアの動向からは目を離すわけにはいかない。