570ポール・コリアー著(甘糟智子訳)『民主主義がアフリカ経済を殺す――最底辺の10億人の国で起きている真実――』

書誌情報:日経BP社,318頁,本体価格2,200円,2010年1月18日発行

民主主義がアフリカ経済を殺す

民主主義がアフリカ経済を殺す

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最底辺の10億人の国々*1への中途半端な民主主義の注入は「デモクレージー」になりかねない。銃と戦争とクーデターがはびこり民主主義の基盤構築が実現できていない国々では一見民主主義への道の一里塚とされる選挙ですら逆効果である。援助国とも国連とも読み取れる国際行動への提言は,チュニジアやエジプトの「革命」を目の当たりにすると,著者の見立ては半分当たり半分外れともいえる。ちなみに,チュニジアやエジプトは著者のいう最底辺の10億人の国々には入っていない。
統計調査,ランダム化実験,抗争成功関数,費用便益計算などの手法を使い,最底辺の10億人が住む社会では本来民主主義が引き寄せるはずのアカウンタビリティと正統性によって政治的暴力リスクが抑制されず,「国家」(ステート)の建設に必要な「民族国家」(ネーション)の樹立に失敗してきたと主張する。著者の経済学者としての視点は低所得国をいかに脱却するか,そのための処方箋を模索していること。所得が低ければ紛争逆行リスクが高まり,経済復興の速度が遅ければ紛争逆行リスクが高まるという。
そこで提案するのが,もともと2000の民族グループが54の直線的に描かれた「国」に押し込められたアフリカ諸国への現実をふまえた,アカウンタビリティと民族国家の建設(安全保障)である。国際社会が「警官」を,「最小限の国際介入」を果たせば,「最底辺の10億人の国の内部にある政治的暴力が強大な力を,危険な力ではなく善良な力として解き放つ可能性がある」(248ページ)とみるからだ。著者は,これを「体制変革のための武力行使」とも「不干渉」とも違う,「現在行き詰まっている立場の中間をとった妥協点」(301ページ)としている。
民族自決権はその民族にあるとは表面上の原則にすぎない。国際機関による経済的支援や旧宗主国としての影響力の行使という現実から出発した,援助や国際協力についての具体的提案として傾聴すべき内容をもっている。翻訳タイトル――原著タイトルは,Wars, Guns, and Votes: Democracy in Dangerous Places――が選挙という民主主義の一ツールではアフリカ問題を解決できない意味を明確にしている。公共財の電力や国際輸送ルート確保の国際協力,さらには国際平和維持活動と越境型安全保障という具体的方向性を示しているところに本書の魅力がある。

*1:低所得国で,「開発の罠」(①紛争の罠②天然資源の罠③内陸国の罠④小国での悪いガバナンスの罠)のうちのひとつ以上にとらわれている国のこと。本書の付録にその一覧を掲げている。アフガニスタンアンゴラアゼルバイジャン,ベニン,ブータンボリビアブルキナファソブルンジカンボジアカメルーン中央アフリカ共和国,チャド,コモロコンゴ民主共和国(旧ザイール),コンゴ共和国コートジボワールジブチ赤道ギニアエリトリアエチオピアガンビア,ガーナ,ギニアギニアビサウガイアナ,ハイチ,カザフスタン朝鮮民主主義人民共和国北朝鮮),キルギス共和国ラオス人民民主共和国レソトリベリアマダガスカルマラウイ,マリ,モーリタニアモルドバ,モンゴル,モザンビークミャンマー,ネパール,ニジェール,ナイジェリア,ルワンダセネガルシエラレオネソマリアスーダンタジキスタンタンザニアトーゴトルクメニスタンウガンダウズベキスタン,イエメン,ザンビアジンバブエ