668宇野重規著『〈私〉時代のデモクラシー』

書誌情報:岩波新書(1240),xv+204頁,本体価格720円,2010年4月20日発行

〈私〉時代のデモクラシー (岩波新書)

〈私〉時代のデモクラシー (岩波新書)

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ここには,〈私〉に代わって〈私たち〉を形成することによって,「答えなき時代のデモクラシー」を考えようという「希望学」がある。「閉じた共同体的空間」,現在志向,〈私〉の平等意識,社会的平等の個人化,「オーディット文化」,「ノーロングターム」,「パラノイアナショナリズム」などを手がかりに,現代社会を徹底した個人主義の蔓延と読む。そのうえで,「公的領域でも私的領域でもない」「アゴラ」不在状況が〈私〉と〈公〉とを直結させてしまう社会の病理や政治の不在を顕在化させている,と問題提起する。
「〈私〉の不満や不安を,脅威とされる他者への排除へと結びつけないためには,〈私〉の問題を〈私たち〉の問題へと媒介するデモクラシーの回路を取り戻すしか道はありません」(117ページ)。ブルデューの社会的承認論やガッサン・ハージの人間を希望主体と捉える観点,さらにはピエール・マナンの「分離の組織化」論やトクヴィルの平等社会のモラル論などを肯定的に参照し,「答えのない」時代のデモクラシー(社会的な意味をつねに議論と論争を通じて創出していくプロセス)に希望を託す。このデモクラシーは,「一人ひとりの個人や集団が,決定過程に当事者として参加し,自ら納得していくプロセス」(176ページ)でもあり,「アゴラ」も創出していく。「〈私〉が〈私〉であるためには,〈私〉が〈私〉であることを確認するためのもの(他者=〈私たち〉:引用者)」(178ページ)が必要だ。
〈私〉を徹底させれば,社会とのかかわり,異議申し立ての意味,さらにはデモクラシーの活性化を可能にする,という見通しが生まれる。著者は〈私〉←→〈私たち〉の相互関係にも注目しているが,〈私〉から〈私たち〉への関係性の発見に大きな比重をかけているようだ。〈私〉を突き詰めて,〈私たち〉と出会え。徹底した〈私〉主義者は希望の星たりえるのだ。