247小池滋著『「坊っちゃん」はなぜ市電の技術者になったか』

書誌情報:新潮文庫(こ-45-1),209頁,本体価格400円,2008年10月1日発行

「坊っちゃん」はなぜ市電の技術者になったか (新潮文庫)

「坊っちゃん」はなぜ市電の技術者になったか (新潮文庫)

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早川書房刊の単行本は読んでいない。文庫版で一気に読んだ。
タイトルはいうまでもなく夏目漱石坊っちゃん』がネタで,坊っちゃんがその後なぜ「街鉄(がいてつ)の技手(ぎて)」になったかの推理だ。田山花袋少女病」は「電車は東京市の交通をどのように一変させたか」,永井荷風『日和下駄』は「荷風は市電がお嫌いか」,同『濹東綺譚』は「どうして玉ノ井駅が二つもあったのか」,佐藤春夫『田園の憂鬱』は「田園を憂鬱にした汽車の音は何か」,芥川龍之介「蜜柑」は「蜜柑はなぜ二等車の窓から投げられたか」,宮沢賢治銀河鉄道の夜」は「銀河鉄道軽便鉄道であったのか」,山本有三『波』は「なぜ特急列車が国府津に停まったのか」と,テツ分を多く含む著者の「文学をめぐる鉄道探偵の知的冒険」(有栖川有栖)物語だ。
文学のテツ物語なのだが,テツだけでなくそれぞれの裏の物語もおもしろい。漱石と電車,田山花袋と電車のなかでの妄想,永井荷風の時代風景と人生描写,佐藤春夫と憂鬱,芥川龍之介と蜜柑から見えた日本の社会,宮沢賢治と鉄道の含意,山本有三国府津駅の盛衰など著者の着眼が光っている。
芥川の蜜柑娘の蜜柑は,静岡産か,愛媛産か。それとも横須賀のものだったのか。思わずテツからミツへの展開を空想してしまった。