540マイケル・サンデル著(鬼澤忍訳)『これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学――』,マイケル・サンデル著(NHK「ハーバード白熱教室」制作チーム・小林正弥・杉田晶子訳)『ハーバード白熱教室講義録+東大特別講義』(上・下)

書誌情報:早川書房,380頁,本体価格2,300円,2010年5月25日発行

書誌情報:早川書房,260頁,本体価格1,400円,2010年10月25日発行
ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業(上)

ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業(上)

書誌情報:早川書房,273頁,本体価格1,400円,2010年10月25日発行
ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業(下)

ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業(下)

DVD BOX(全6巻+ボーナスディスク)(NHKエンタープライズ発行)

  • -

『これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学――』(以下正義本)のほうが早く出版されたが,最新本『ハーバード白熱教室講義録+東大特別講義』(上・下)(以下上下本)から読んだ方がわかりやすい。正義本は上下本をもとに書き下ろしたのにたいし,上下本はハーバード講義を再現しているからだ。
アリストテレス,ロック,カント,ベンサム,J・S・ミル,ロールズノージックといった政治哲学・道徳哲学の古典をベースに現代的課題である「正義」の根幹を考えようというのだ。周知のインタラクティブな講義は講義参加者にこれら古典の読了を課し,ウェブ・ブログを併用しつつ,数百人のTA(正義本あとがきにある)によってようやくなりたっている。もっぱら古典の解説を中心にした回もある。正義論の骨格を考えさせる古典の内容と現代の話題を結合させた講義進行は用意周到である。講義の最初に前回内容をかならず押さえているのも見事である。
上下本の小林解説を一読後,まず上下本を一気に読む。そのうえで正義本を読めば,これまでの哲学的考察の現代的意義がよく読み取れるはずだ。サンデル本の一番の貢献は「私たちを私たちがすでに知っていることに直面させて私たちに教え,かつ,動揺させる」(上,22ページ)ことに成功していること。そうでなければ正義本は60万部(上の帯)を超えるわけがない。同時に,正義や権利や道徳を考えるのは専門家としての哲学者だけでなく市井のわれわれが取り組むべき課題であることを教えていることだろう。
評者の個人的興味からはこれだけ功利主義に言及してくれたことに注目している。最大多数の最大幸福原理がベンサム時代に特有のことではなく現代でも有力な――功利主義と意識するかどうかは別として――考えであることを示してくれた。功利主義をいかに克服するか。サンデル本には「マ」の字も出てこないマルクスが課題としたのも実は功利主義だった。
経済思想史の流れではかつてリカードウは微妙な位置にいた。リカードウに触れればマルクス触れざるをえなかったからだ。サンデル本は功利主義をつねに俎上に載せることで,その批判と克服の試みとしてすくなくとも「マ」を意識させることになったといえなくもない。