411渡辺尚志著『百姓の主張――訴訟と和解の江戸時代――』

書誌情報:柏書房,228頁,本体価格2,200円,2009年10月10日発行

百姓の主張―訴訟と和解の江戸時代

百姓の主張―訴訟と和解の江戸時代

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上総国長柄郡北塚村(現千葉県茂原市北塚)の矢部家文書にある村方(むらかた)騒動――訴訟行為を含む,村人同士の争い――という小さな窓をとおして江戸時代の散村と社会の特質が描かれている。一村方騒動の幕開けから決着までの詳細を縦糸に,江戸時代の領民支配,名主―組頭―百姓代―判頭―百姓(農業を主としながらその他の生業を兼営)の村運営,貨幣制度,年貢徴収法,家制度,百姓一揆,訴訟手続き,村の行財政などの特徴を横糸に,村運営の公平性・公開性を高めつつ百姓の主張が少しずつ実現していく過程が可視化されている。
本書で扱われているのはたったひとつの村方騒動である。そこには,村の共同性と自治の力に依拠した連帯責任による年貢徴収法(村請(むらうけ)),小物成(こものなり)・高掛物(たかかかりもの)・国役(くにやく)・夫役(ぶやく)などの年貢以外の負担(村入用(むらにゅうよう)),文書を基本とした村行政,生産体・生活体兼年貢負担単位・村の構成単位兼公的な基礎組織として私的かつ公的な組織だった家という江戸時代共通の背景がある。同時に,庄作家と五郎左衛門家という北塚村内の有力家の勢力争いという一散村の騒動から,公私未分離の村財政の特徴や村運営における文書管理の重要性がくっきりと浮かび上がってくる。
北塚村の物語は,渾身の自己主張をし懸命に生きている百姓の姿と歴史の歯車をまわす現場を伝えている。