712川名雄一郎・山本圭一郎訳『J・S・ミル 功利主義論集』

書誌情報:京都大学学術出版会,434+9頁,本体価格3,800円,2010年12月5日発行

功利主義論集 (近代社会思想コレクション05)

功利主義論集 (近代社会思想コレクション05)

  • -

本論集には,「セジウィックの論説」(1835年4月),「ベンサム」(1838年8月),「ヒューウェルの道徳哲学」(1852年10月),「功利主義」(1861年10月〜12月),『論説論考集』「序文」および「附論」(1859年4月)が収められている。「ヒューウェルの道徳哲学」と「序文」・「附論」以外についてはすでに邦訳があり,初訳ではない。訳者によって「ミルの功利主義論を理解するうえでとりわけ重要だと思われる論考を収録」(本書,380ページ)したものである。
本論集は,J・S・ミルの功利主義論の深化過程を彼の知的活動の営為に見いだすことを可能にした。道徳感情の陶冶と功利主義の両立をみて,ベンサム主義と功利主義とを区別したセジウィック論,ベンサム哲学の基本原理を擁護しつつ「偏狭なベンサム主義」からの脱却を試みたベンサム論,J・S・ミルの功利主義論の確定版と見なしうるヒューウェル論,快楽の量と質に関する有名な議論を展開した功利主義論とJ・S・ミルの功利主義論の展開を跡づけることができる。
大河内一男東京大学総長の卒業式スピーチ(1964年3月28日)――もっとも原稿にはあったが実際の訓示では触れていない――で有名になり,サンデル『これから』でも触れている「満足した豚よりも不満を抱えた人間の方がよく,満足した愚か者よりも不満を抱えたソクラテスの方がよい」は「功利主義」の一節であり(本論集269ページ),これでもってJ・S・ミル功利主義論を代表させるにはまさに「一知半解」(本論集「解説」422ページ)である。
J・S・ミルの功利主義が彼自身のものかベンサムのそれなのかが不明確なままのJ・S・ミル功利主義論がときにベンサム基本原理を執拗に擁護しながら,ときにベンサム主義と功利主義の区別の強調を後退させながら,徐々に輪郭をととのえていく。本論集には未収録の「ジェレミーベンサムの死」(1832年6月),「ベンサム哲学覚書」(1833年6月),「ブレイキーの道徳科学史」(同年10月),「コールリッジ」(1840年3月)なども参照すればJ・S・ミル功利主義論をさらに深めることができるだろう。