707土屋恵一郎著『怪物ベンサム――快楽主義者の予言した社会――』

書誌情報:講談社学術文庫(2092),397頁,本体価格1,200円,2012年1月11日発行

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本書の原本『ベンサムという男――法と欲望のかたち――』(青土社,1993年2月22日発行,[isbn:9784791752333])を読んで,「土屋という男」のベンサム理解の深さとベンサム研究の面白さを知った。評者の試論数編――「マルクスベンサム論――『自由,平等,所有そしてベンサム』の解剖――」(1989年),「マルクスベンサム――文献上のかかわりで――」(1990年),「新MEGAのベンサム評注」(1991年)――から規範理論を中心に功利主義の現代的受容を視野に入れたモノグラフィー「功利主義マルクス」(2005年)への視野拡大は「土屋という男」の影響による(更新が滞っている評者のウェブでの一覧参照→http://www.cpm.ehime-u.ac.jp/AkamacHomePage/Akama/AkamaJ.html)。
「男」から「怪物」になったベンサム論は変わっていないが,読み手のもっぱら「パノプチコン」周辺の話題に収束していた関心がベンサム思想全体へと広がってきていることを実感できた。「最大多数の最大原理」によって快苦を数量的にあらわし,法の原理や監獄までも視覚の原理にしたがわせようとしたベンサムの意図は「欲望の組織化とアミューズメントの哲学」(203ページ)として現代のモデルに浮かび上がってくる。
「連結式の艀」,貨幣への肯定的言辞,同性愛擁護,通話チューブ,冷蔵器械,セントラルヒーティング,笑気ガスなど一見バラバラに見えるベンサムの構想とアイデアは「フランス革命の工学技師」・「功利の原理にみちびかれる社会システムの工学の出発」(341ページ)なのだ。ベンサムをして「18世紀イギリスの法と欲望のかたち」と代表させ,「ジャーナリズムと機械の時代」の担い手として描く。
マルクスが「自由,平等,所有そしてベンサム」とたったの一言で19世紀資本主義を特徴づけたとき,なるほど「深遠な哲学はなかった」(373ページ)かもしれないが,大きな影響を持っていたことはまちがいない。