010アダム・スミスとAuld Lang Syne

今日は,私ことakamacが勤める大学の卒業式があった。学歌と「蛍の光」を演奏・斉唱するならわしになっている。そういえば「蛍の光」で思い出したことがある。スミスと「蛍の光」の原曲Auld Lang Syneとの関係だ。
アダム・スミス(1723-1790)はスコットランド生まれの道徳哲学者・経済学者であり,『道徳感情論』The Theory of Moral Sentiments, 1759および『国富論An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations, 1776の著者としてあまりにも有名だ。
かたやAuld Lang Syneは,日本では「蛍の光」で知られているスコットランド民謡である。作曲者は不詳だが,現在あるAuld Lang Syneにしたのは,詩人のロバート・バーンズ(Robert Burns, 1759-1796)と言われている。
実はスミスとバーンズは知り合いだった。手元にある文庫本(水田洋『アダム・スミス――自由主義とは何か――』講談社学術文庫1280,1997年5月10日,asin:4061592807)にはこうある。

かれは(アダム・スミス:引用者注),「ふたりがあうのは麦畑」や「蛍の光」の作者ロバート・バーンズの才能をたかく評価して,生活におわれて詩作がさまたげられることがないように,塩税事務所への世話をしようとした(後略)(230頁)

スミスの愛唱歌がAuld Lang Syneだったかどうかはわからない。
ちなみに,愛用のiPodにAuld Lang Syneのダウンロードを試みた。iTunes Storeで検索すると「蛍の光」を含めてなんと150曲もあった!確かにアメリカなどでは大晦日のカウントダウンの際に歌われるし,いろんなバリエーションがあるのは当然といえる。Wikipediaの「蛍の光」にはかなり詳しい解説もある。偶然にも,akamacの出身高校の校章は「蛍の光 窓の雪」を表現した「蛍雪章」だった。今春の選抜に出場する今治西高校も「蛍雪章」――かなりデフォルメされている――を校章にしている。