884有本真紀著『卒業式の歴史学』

書誌情報:講談社選書メチエ(546),261頁,本体価格1,600円,2013年3月10日発行

卒業式の歴史学 (講談社選書メチエ)

卒業式の歴史学 (講談社選書メチエ)

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最も古い卒業式の記録は陸軍戸山学校の生徒卒業式だという。1876(明治9)年6月29日のことである。また卒業式に唱歌が歌われ校歌が歌われたのは東京女子師範学校(現お茶の水女子大学)であり,1879(明治12)年3月13日である。小学校の卒業が同級生の括りと区切りをもち別れを意味するようになったのは標準学修機関が一年と変更された1885(明治18)年以降である。
著者は,そうした卒業式の始まりや「蛍の光」――「明治十年代前半の微妙な領土問題を直接に反映しながら制作された,政治的,国家的意図を極めて強く打ち出した愛国歌」(183ページ)であると同時に「さまざまな機会に歌われる流行歌的な存在」(184ページ)――の歌われ方を考証しながら,「卒業式がいかにして感情に働きかける儀式となり,日本の近代学校において記憶や感情の共同体を創出し強化するに至ったか」(227ページ)を追う。個人の名誉や成績を表彰することで他の生徒を鼓舞する目的から集合的感情を教育する目的へと変わっていく様が浮かび上がっていた。
著者は,教育勅語とご真影に象徴される天皇制儀式や祝日大祭儀式に一体化したわけではない学校文化としての卒業式儀式から,「制度化された涙」や「感情の共同体」を抽出した。音楽科教育を手がけてきた著者にして可能になった卒業式の姿がよく見える。
蛍の光」の元歌 'Auld lang syne' がアメリカを経由して唱歌として成立したことについてはすでにいくつかの研究があるとのこと。元歌の作詞者であるロバート・バーンズへの言及はあるだろうが,スミスにまで触れているかどうか。要確認だ。