書誌情報:ちくま新書(967),221頁,本体価格760円,2012年7月10日発行
- 作者:児玉 聡
- 発売日: 2012/07/01
- メディア: 新書
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倫理観を批判的に吟味するという問題意識から,功利主義を概説することで倫理学入門をはたそうという。引用を極力少なくし,著者の言葉で終始解説していた。サンデル本でも取り上げられているいくつかの事例(「思考実験」)から,「倫理的ジレンマが起きたときにどうするかを批判的に考え,準備しておくよう,われわれに迫っている」(40ページ)として倫理学のもつ意味を提起している。功利主義の思想的系譜を叙述するスタイルではなく,功利主義を通して倫理的問題を突き詰めるという姿勢は一貫していた。
もちろん,ベンサム(本書ではベンタム)から功利主義の特徴を整理し(帰結主義,幸福主義,総和最大化),オースチンやゴドウィンから意思決定の原理をまとめ(間接功利主義と直接功利主義,規則功利主義と行為功利主義),「功利主義の精神に則った道徳規則や法律を作」(83ページ)ろうとしたJ・S・ミルを挙げ,功利主義を現代に応用する考え方の多くは規則功利主義と間接功利主義の立場に立っているとまとめている。功利主義が現状追認思想ではないゆえんを,「常識的な規則や義務が,功利主義的に見て一部の人を不公平に扱っていると思われる場合には,それを変革することを要求する」(89ページ)ところに見ている。同性愛,動物虐待,女性差別,工場畜産,動物実験など功利主義の意義と現代性を確認している。
著者は功利主義にあらためて「改革の思想」(92ページ)を見いだし,また,「政治信条や資源配分や緊急避難時の方針」(96ページ)や「より効果的な公衆衛生活動」(135ページ)の規範的考え方になりうることを探っている。
著者によれば,倫理観を構成するさいに「感情の役割」(「ベンサムが葬り去ったはずの「共感と反感の原理」の亡霊」)(183ページ)を再評価することによって,「理性を重視する合理主義的な規範理論」(184ページ)である功利主義はみごとに現代の社会問題解決に連なる倫理思想たりえるのだ。「功利主義が極端な自由主義と権威主義の間を行く理論」(130ページ)であるかぎり,「改革の思想」というわけだ。
倫理観の批判的吟味は功利主義に埋没してしまった感がぬぐえない。功利主義を身につけあとは「実践」(192ページ以下。正確には「倫理学から実践へ」)というわけにはいかない。
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