716佐藤優著『功利主義者の読書術』

書誌情報:新潮文庫(さ-62-4),445頁,本体価格630円,2012年4月1日発行

功利主義者の読書術 (新潮文庫)

功利主義者の読書術 (新潮文庫)

  • 作者:佐藤 優
  • 発売日: 2012/03/28
  • メディア: 文庫

  • -

「本質において保守的で右翼的,かつ徹頭徹尾反革命主義者で,キリスト教の神を信じている」(「まえがき」7ページ)著者と功利主義がどのように結びついているのか興味をもった。著者の自己規定としての功利主義者の意味は役に立つかどうかということだ。「神が人間に何を呼びかけているかを知るための技法」と言い換えてもいるのだが,「テキストに盛り込まれている叡智を抽出する努力」(同上4,5ページ)という意味である。
著者の読み解き本は,
マルクス著『資本論』,伊藤潤二著『うずまき』,綿矢りさ著『夢を与える』,宇野弘蔵著『資本論に学ぶ』,カレル・チャベック著『山椒魚戦争』,石原真理子著『ふぞろいな秘密』,酒井順子著『負け犬の遠吠え』,五味川純平著『孤独の賭け』,高橋和巳著『我が心は石にあらず』,東郷和彦著『北方領土交渉秘録』,ドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟』,大城立裕著『カクテル・パーティ』,宇野弘蔵著『恐慌論』,副島隆彦著『恐慌前夜』,リスト『経済学の国民的大系』,小林多喜二著『蟹工船・党生活者』,高橋和巳著『邪宗門』,坂口弘著『歌集 常しへの道』,山本直樹著『レッド』,チャンドラー著『長いお別れ』,同『ロング・グッドバイ』,池田晶子・睦田真志著『死と生きる』,高良倉吉著『琉球王国』,池上永一著『テンペスト』,小室直樹著『ソビエト帝国の最期』,ソルジェニーツィン著『イワン・デニーソヴィチの一日』,ハーバーマス著『他者の受容』,多川俊映著『はじめての唯識』,ハーバーマス著『公共性の構造転換』,吉本隆明著『共同幻想論』,『新訳聖書』
と広範囲にわたる。日本の資本主義体制を強化するため,新自由主義に対する強い拒否反応を確認するため,日本の閉塞状況を打破するため,沖縄問題や超大国ロシアを理解するため,論戦に勝つため,人間本性を見抜くため,実践的恋愛術を獲得するためなどそうした目的のための読書というわけだ。
神の登場は一読していくとこうなる。「功利主義という言葉に込めた意味」は「様々な本の読み解きを通じ,自らの救済の材料を見い出す」こと,「受肉の読書術」・「神学的思考法の雰囲気」(417〜8ページ)という。
功利主義ベンサムやJ・S・ミルは天国で吃驚しているかもしれないと思いつつ,みずからの「利」になるべく読書をするという意味であるらしいから,功利主義がもともと人の役に立つという思想をあらわすものではなく,功利主義の誤用だとはいうまい(司馬遼太郎はこの意味での功利主義者を唾棄すべき人物像として描いいていた)。マルクス主義経済学者ではないマルクス経済学者宇野弘蔵への傾斜と現実をよく見ないまま現実を描写したとする小林多喜二への距離感はどうやら通底している。
国家主義者」(404ページ)の著者が新自由主義に異を唱えるのは新自由主義の帰結を考えるとき興味深い。それにつけても「視座」がこうまで連発されると丸山眞男も驚いているにちがいない(酒井順子の「解説」にも「視座」のオンパレード!)。「神は細部に宿り給う」。