760ダンカン・K,フォーリー著(亀崎澄夫・佐藤茂正・中川栄治訳)『アダム・スミスの誤謬――経済神学への手引き――』

書誌情報:ナカニシヤ出版,x+221頁,本体価格2,700円,2011年9月7日発行

  • -

アダム・スミスの誤謬」とは刺激的なタイトルである。経済学の創始者であるスミス以来,経済学はその思弁的で哲学的な限界から自由ではないということを主張している。「経済学的な思考法は社会についての他のどの思考法ともちょうど同じように価値規範を伴っており,危険な判断ミスを助長することがありうる」(viページ)。利己心の発露による私利追求が資本主義的社会関係によっていつでも道徳善に転換されてしまうという論理そのものが「未解決の問題」のまま残されているというのだ。
著者によれば,マルサスリカードウは「スミスの誤謬が到達しうる両極端」(73ページ)であり,数理的経済学(ジェヴォンズメンガー,パレート,フィッシャー,ワルラスなど)と進化論的政治経済学(ヴェブレン)は「スミスの誤謬の近代化された最新版」(133ページ)である。また,マネタリスト理論と合理的期待理論はセー法則――「スミスの誤謬を支える重要な支柱」(158ページ)――を前提とするかぎりスミスの誤謬を免れえず,ハイエクともなれば「スミスの誤謬」の「極端で信じがたい姿」(176ページ)と特徴づけられる。
マルクスを含めて「スミスの誤謬」から自由ではなかった。著者は「スミスの誤謬」をキーワードに経済思想の歴史を跡づけ,「自然法則に匹敵する明確な経済学的法則が存在するというとっぴな過大評価を捨て」(190ページ)ろと言う。「市場資本主義は,安定的なシステムでも自己調節的なシステムでもない。資本主義は,自身をとにかく機能させるために必須の諸制度を育成するという意識的な政治的努力を必要とするのとまったく同様に,私利の追求を混乱させずに続けさせるための政治的・規制的介入の継続を必要としている」(189ページ)。
著者自身「結論的な解答を持ち合わせてはいない」(viページ)と言明しているように,経済理論の絶対性を排し,市場の幻想を解く,ユニークな経済思想史とはいえるだろう。