016『国富論』翻訳略史(戦後編)

昨日につづいて戦後編。筆者の場合,下記(23)を愛用してきた。学生・大学院時代の新訳だったこと,文庫版で入手しやすかったこと,訳者に尊敬する先生が加わっていたこと,図を含む訳注が詳しかったことなどがその理由だ。『資本論』から引用するとき,今でも岩波版(向坂訳)以外は決して使わない,という人もいる。こだわりをもつことは必要だろうし,多少訳がしっくりこなかったとしても,読み慣れた訳書が一番だと思う。翻訳書は,テキスト・クリティークも研究対象となるアカデミックな研究とはその意味で相対的に独立している(現在,マルクスエンゲルスの共著で草稿のまま残された『ドイツ・イデオロギー』の草稿復元および日本語訳について,専門家のあいだで問題になっていることがあり,新MEGA編集に少なからぬ影響を及ぼしている。これについては後日書くことにする)。新訳は上下巻で3,600円+4,000円,計7,600円(本体価格)。出張中で飲み代もかかるが,買わざるをえない。いや,買ってしまった。このブログを書くためだけではないからね。(戦前編と同様に,冒頭に付した※印は全訳を示す。また,旧字体はすべて新字体に変えている。)
(16)1949(昭和24)年 堀経夫訳『国富論』第1巻(春秋社)【底本はオリジナル第5版。キャナンの頭注,脚注を採用せず,大道安次郎と協同で,独自の長文の訳者注を各章に付した。第2巻以降は未刊行】
※(17)1959(昭和34)年〜1966(昭和41)年 大内兵衛・松川七郎共訳『諸国民の富』(岩波文庫,全5冊)
※(18)1965(昭和40)年 水田洋訳『国富論』全2巻(河出書房「世界の大思想」第14巻第15巻)【オリジナル初版を底本としているため,スミス生前の初版と最終版第5版の異同を比較するのに便利である。また,訳者「解題」が付されている。】
(19)1968(昭和43)年 大河内一男編訳『国富論』(中央公論社「世界の名著」第31巻)【キャナン版を底本としているが,重要箇所のみ訳出した部分訳であり,訳者による要約を挿入した。キャナンの頭注,脚注によらず訳者独自の小見出しと訳注,図版,訳者作成の索引が付されている。巻頭に長文の大河内一男アダム・スミスと『国富論』」を収録。】
※(20)1969(昭和44)年 上記『諸国民の富』上製の机上版(岩波書店,上・下2巻)
※(21)1969(昭和44)年 竹内謙二訳『国富論』(東京大学出版会,全3巻)
[1976(昭和51)年 『国富論』刊行200年]
[1976(昭和51)年〜1983(昭和58)年 『グラスゴウアダム・スミス著作書簡集 The Glasgow Edition of the Works and Correspondence of Adam Smith, Glarendon Press, Oxford』(全6巻7冊)]
※(22)1976(昭和51)年10月,11月,12月 大河内一男監訳『国富論』(中央公論社,全3巻)【中央公論社「世界の名著」版の完成版。ほかに,訳文中に割注を挿入し,訳文だけでは不明と思われる点を補足している。巻末には,田添京二「『国富論』各版の異同について」,大河内一男「『国富論』邦訳小史」,田添「アダム・スミス年譜」,小見出し一覧および索引が付されている。】
※(23)1978(昭和53)年3月,4月,5月 上記大河内一男監訳『国富論』(中公文庫,全3巻)の文庫版。
※(24)1988(昭和63)年4月 大河内一男監訳『国富論』全1巻本(中央公論社
※(25)2000(平成12)年5月,10月,2001年(平成13)年3月,10月 水田洋監訳 杉山忠平訳『国富論』(岩波文庫,全4冊)【スミス生前最終版の第5版に依拠。1791年の第6版もスミスが生前点検した可能性もあるとのことから第6版までの異同を注記している。もともと杉山が翻訳を終了していたがその後の翻訳ができなくなったために水田が監訳者として継承し,訳稿の点検,訳されていない序文と原注の翻訳,全体にわたる訳注の作成をおこなった。訳注には各版の異同やわかりにくい用語や歴史的背景の説明,スミスの簡単な文献注の補足などを含んでいる。】
※(26)2007(平成19)年3月 山岡洋一訳『国富論』(日本経済新聞出版社,上(ISBN:9784532133269)・下(ISBN:9784532133276)2巻)【第6版に依拠。これは上記水田監訳で触れた事情を考慮したものと思われる。グラスゴー版とモダン・ライブラリー版(キャナン版)を参照しているが,各版の異同は割愛され,原著の誤植や明らかな間違いは訂正して訳されている。原著の出典を示す注は翻訳されていない。「既訳を参照し継承するのが翻訳者の使命」としつつ,「とくに竹内訳,気賀訳,大内訳に学ぶ点が多かった」と書いている。根岸隆「解説 『国富論』と現代経済学」を収録。】