342アマルティア・セン / 後藤玲子著『福祉と正義』

書誌情報:東京大学出版会,ix+299+viii頁,本体価格2,800円,2008年12月19日発行

福祉と正義

福祉と正義

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近代経済学では合理的経済人が想定される。センの功績は,人間が受容する外的な目的や価値,選好や利害などのような外的視点(ここではモデルの外という意味)を導入した点にあるとされている。推論と合理性の再検討をすることで近代経済学全般の基本的前提への挑戦と言い換えることができる。
ロールズの不偏的な観察者論のスミスとの違い(閉じているか閉じていないか),格差原理と外的視点導入との関係など,福祉(well-being)と正義の視点を重視するセンの経済学が全体として見えてくる。社会的選択理論・散在能力論によるセン経済学の焦点が,構築されたモデルの多様性の承認と自由意思をもった個人の尊重とにおかれていることが浮かび上がってくる。
センがスミスの不偏的な観察者論をロールズ「無知のヴェール」と比較し,「開かれた不偏性」から全地球的な正義論に繋げる議論は,スミスの現代的理解に資するものだろう。それでも,センの3編の論文と後藤によるセン理論の解説とは,一部論争的に,一部政策課題的に錯綜しており,評者にとっては読みにくいことこのうえなかった。