510佐野眞一著 『誰も書けなかった石原慎太郎』

書誌情報:講談社文庫(さ-96-1),648頁,本体価格943円,2009年1月15日発行

誰も書けなかった石原慎太郎 (講談社文庫)

誰も書けなかった石原慎太郎 (講談社文庫)

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山下亀三郎がらみで単行本版『てっぺん野郎――本人も知らなかった石原慎太郎――』(講談社,2003年8月29日発行,[isbn:9784062119061])を二度読んだ。山下亀三郎や父・石原潔を扱った「第一部 海の都の物語」はよく書けている。
単行本は都知事に再選される2003年4月までで終わっていた。文庫版には「プロローグ」に2ページ強の補筆と「第四部 落陽の季節」が追加されている。
文庫本の「落陽の季節」では首都大学東京(この問題はかなり端折っている),新銀行東京,一期目から続く築地市場移転案の具体化,浜渦副知事「解任」,石原ファミリー現金授受――現金は高級焼酎「森伊蔵」の箱に入れるのだそうな――,高額な海外出張経費など慎太郎叩きが際立つ。それも「老害」「耄碌爺(もうろくじじい)」としての醜態のオンパレードである。
著者の慎太郎評は「「成熟」を一貫して拒否してきた男特有の自己批評のなさや深みの欠如となって現れ,慎太郎を政治家として大成させない」(文庫版239ページ)に尽きる。慎太郎と高校途中まで同級生だった江藤淳の文学評――「「太陽の季節」から「ファインキイ・ジャンプ」にいたる彼の作品の詩は,ことごとくこの自己絶対化の希求から生れているといってもよい。同じ衝動が実人生にあらわれれば,それは権力意志,あるいは虚栄心と呼ばれる悪徳になる」(文庫版245ページ)――を肯定するのであれば,3期目慎太郎をして「老害」「耄碌爺」はないだろう。
都知事再選時点では新党結成や議員復帰しての総理の可能性がなくはない状況から年齢的に引退しかないという見極めをできる状況をふまえれば,「get out(退場)の引導を渡す」「退場劇の幕を引く」(文庫版12ページ)という評伝らしからぬペン先もわからないわけではない。
単行本版にあった「てっぺん野郎」は慎太郎の恋愛娯楽小説(『週刊明星』1962年8月〜63年11月)のタイトルでもある。主人公上杉朗太は杉の木や鉄塔や本堂の「てっぺん」に登るのが好きな成り上がり者として描かれていた。「成り上がり者」慎太郎を示唆する単行本版のほうがドロドロ感がなかった。「石原慎太郎への「退場勧告」」(帯の惹句)となると,慎太郎に使っている「ポピュリスト」がそのまま著者に返ってくる。
文庫版には単行本版にあった「主要参考文献一覧」と「人名索引」がない。これでは落陽の文庫版というしかない。解説ともいえない解説7ページ(御厨貴)よりは役に立っただろうに。