011佐野眞一著『だれが「本」を殺すのか』

書誌情報:プレジデント社,461頁,2001年2月15日,本体価格1,800円

だれが「本」を殺すのか

だれが「本」を殺すのか

初出:メディアと経済思想史研究会『メディアと経済思想史』第4号,2003年5月31 日

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本とは,不急,時間消費型の商品(著者は遅効性のメディアと言っている)にほかならないのに,本の作り手も,扱い手も,読み手も速さをもとめている。川上から川下までいたるところで現在進行している本の世界の殺人事件は,この「時間の乖離現象」による。
「1千枚に刻み込んだ渾身のノンフィクション!」(本の帯の惹句)は嘘ではない。著者のメッセージだろう,「本を殺してはいけない」とする危機意識は全編から感じ取ることができる。本にかかわる領域をくまなく渉猟し,書店,流通,版元,地方出版,編集者,図書館,書評,電子出版をそれぞれ各章に配置し,劣化した読者と出版社・編集者の「負の連鎖」を言う。さらに,この「負の連鎖」は再販制と委託制によって保護されているとする。紙と活字とからなる本の現状をグーテンベルク以来の危機ととらえ,消費者のニーズに応えきれていない再販制と委託制の問題を抉る。また,その消費者である読者の性急な要求こそ本を殺すことになっているとも言う。本の世界で生起するできごとをノンフィクションとして,「2001 年『書物』の旅」(プロローグ)として描いたのがこの本だ。本の世界を事件ルポルタージュとして描く著者の力作は多くのことを考えさせてくれる。
 書店:売れそうな本だけを並べた「金太郎飴書店」があまりに多い。
 流通:再販制と委託返品制に保護されて制度疲労が著しい。
 版元:読者が読みたい本を提供できていない。特に大手出版社には時代錯誤と奇形性がみられる。
 地方出版:したたかな戦略としなやかな感性で出版する姿勢がある。
 編集者:発掘を意味する情報マイニング能力を持った編集者しか生き残れない。
 図書館:近代市民育成の場と信じてやまない図書館関係者が多い。利用者至上主義からも脱却しえていない。
 書評:かつての権威をもった書評紙の反動か,批評精神を放棄した書評,知的遊戯の対象になっている。
 電子出版:本の世界に歴史的大変革が起きている。ただし,電子本独自のコンテンツがなにかははっきりしていない。
著者は,取材を通じてえた問題あるいは展望の所在を一言であらわせば以上のように理解しているようだ(地方出版と電子出版は,辛口の論評を基調とする本書の中では全体として肯定的評価が与えられている)。もっとも,それぞれに肉付けされ,多くのエピソードをちりばめて叙述された各項は,じつは一言で表現できない内容と問題とをもっている。本の世界を「串刺し」(本書でのことば)することで,それぞれにはらむ問題を指摘し,本を殺す真犯人を絞り込んでいこうとしているからだ。各項が怪しい。しかし,それぞれに決定的証拠がない。かくて真犯人はだれか。
本書にはすでに多くの言及があり,著者もみずから「本を殺したA級戦犯は読者だ」(bk1 http://www.bk1.co.jp/ の「人文・社会・ノンフィクション」の「インタビュー」),「バカ本としかいいようのないベストセラー本しか読まない読者,僕流に言えば劣化した読者が,結局,本を殺しているのではないか」(『編集会議』2001年5月号でのインタビュー)と犯人を特定している。しかし,著者の本意は,誰が殺したのかを問題としたのではなく,そうしたセンセーショナルなタイトルのもとで,本を殺してはいけないとするメッセージを発したかったのだろうと思う。本との対話なしに人間精神を高めるメディアはないとした信念は,本書のいたるところで吐露されているからである。
本書で取り上げられた項目はいずれも本の川上から川下までの不可欠なシステムだ。テキストを産み出す作者と最終消費者である読者は,著者の描く事件ではどのような役割を演じることになるのか? 作者の「劣化」は問題にすらならないのであろうか? すくなくとも真犯人と名指しされた読者は,たんに「劣化」したとされるばかりで,なぜ犯人なのかは追求されないままである。
本書に先立つ著者の作品は取材と資料読解を両輪として成り立っている。本書は取材(インタビュー)を中心にまとめながらも,本書に登場する人名,事項などは数多い。索引は本書巻末にはなく,発行元のホームページからダウンロードするしかない(http://www.president.co.jp/book/1716-2.html)。「このインデックスには,本が文化の文脈から流通と消費の文脈にひきずり出されてしまった,現在の出版状況のアマルガム」(前掲『宣伝会議』)があると著者は言うが,巻末に配するのと違いはない。ダウンロードした読者はそれをモニターあるいは自前のプリンタで印刷して読むしかないからである。それでも意味をくみとれば,電子出版を最終章におき,本の世界で進行する殺人事件を解決する糸口にみているようにも読めることと無関係ではないのかもしれない。

だれが「本」を殺すのか 延長戦

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だれが「本」を殺すのか〈上〉 (新潮文庫)

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だれが「本」を殺すのか〈下〉 (新潮文庫)

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