290ケン・オールダー著(青木創訳)『嘘発見器よ永遠なれ――「正義の機械」に取り憑かれた人々――』

書誌情報:早川書房,410頁,本体価格2,500円,2008年4月25日発行

嘘発見器よ永遠なれ

嘘発見器よ永遠なれ

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嘘発見器によるポリグラフ検査は,脈拍数,血圧,呼吸の深度,発汗量などを測定し,簡単な尋問にたいする生理的反応を分析し,正直者かそれとも嘘つきかが判定できる,とされている。1920年代にアメリカで開発された嘘発見器は,暴力的な尋問にかわる手段として,アメリカでは最盛期には年間200万人が検査を受けさせられたという。アメリカには5000人のポリグラフ検査技師がいて,業務規制なしで,自白を引き出す手段として今も使われている。しかし,アメリカの刑事法廷ではポリグラフ検査結果は証拠能力が否定されている。
日本での検査技師は100人程度で,すべて心理学の訓練を受けた警察職員が年間5000人の容疑者を尋問している。アメリカと異なり有罪知識検査という限定された範囲で用いているとのことで,実際1968年の最高裁ポリグラフの検査結果には刑事法廷で証拠採用するだけの信頼性があると認定している。
嘘発見器を最初に開発したジョン・ラーソン(アメリカ初の博士号を持つ警官)とそのプラシーボ効果に注目して実用化をはかったレナード・キーラー(日本に導入されたはじめてのポリグラフの開発者)が本書の主人公だ。犯罪捜査から精神病の治療へと利用を変えたラーソンと陪審員にとってかわる未来を構想したキーラーは,どちらも嘘発見器に翻弄される。
嘘発見器が生理的反応を測定する器械から人々を恫喝し恐怖を与える装置に変化するアメリカ社会の構図を描いた作品に仕上がっている。「嘘発見器は被験者が実際に(「実際に」に傍点:引用者注)罪を犯したかどうかを判定するのではなく,罪を犯したと思っている(「思っている」に傍点:引用者注)かどうかを判定する装置」(27ページ)というわけだ。
真実,正義を明らかにする嘘発見器は,いまブレヒトの描く拷問器具になる(本書第3部の扉に引用)。

教皇 (疲れた様子で)よいか,彼を拷問にかけてはならない。(一拍置いて)せいぜい器具を見せるだけにとどめよ。
異端審問官 それで事足りるでしょう,猊下ガリレイ氏は機械のことならよく知っていますから。
ベルトルト・ブレヒトガリレオの生涯』(1940)