359高橋哲雄著『本,註多きがゆえに尊からず――私のサミング・アップ――』

書誌情報:ミネルヴァ書房,vi+286頁,本体価格2,500円,2009年5月30日発行

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イギリス社会文化史を専門とする著者の,脱線と気晴らしのエッセイ集だ。「私の好きなもの」を人,本,その他に分け,註の少ない本というわけだ。註が多かろうと少なかろうと,本は本だろうと評者は思う。専門書ではなく一般書という意味に解すればいい。
故大野英二への回顧文のなかで目に止まった箇所があった。「(前略)南九州の某大学の学長となった,リベラルと信じていた旧友の非民主的な行動への怒りとかなしみが電話口やお手紙で炸裂」(55ページ)したというのだ。南九州の某大学とは鹿児島国際大学のこと,学長とは故菱山泉のことだ。鹿児島国際大学事件とはこうした余波を伴っていた(まだ全面解決にはいたっていない)ことを知った。『経済論叢』第176巻第4号(2005年)に既発表の内容であり,名前を出しても差し支えないだろう。
かつて教鞭をとった甲南大学の図書館報に託して,「この大学にはこうした遊びとも勉強ともつかぬ仕事に対して寛容な,というよりは,むしろ積極的にそれを面白がり,そそのかすような気分があ」(160ページ)るとの回顧は,20年ほど前の昔話とするにはもったいない研究環境・雰囲気の大事さを指摘していよう。
スミス『国富論』初版本(500部と推定)のうち,日本には42点(35大学)をくだらないとのさりげない蘊蓄(70ページ)も披露している。
著者の出身校(神戸一中:現神戸高校,縁故疎開先の西条中学:現西条高校)の校歌は,「海ゆかば」の作曲家信時潔(のぶとききよし)だそうだ。ネットで調べてみると,慶応義塾学習院,灘も信時の曲で,判明分で,校歌約900,社歌・団体歌約170もある(信時潔研究ガイド→http://home.netyou.jp/ff/nobu/)。
著書もあるミステリー論,専門分野に隣接するアイルランドスコットランド,イギリス紀行は,断片的な知識では書けない深みをもった文章だ。たっぷりと堪能させてもらった。カバー表紙は和田誠による,著者とアガサ・クリスティとの架空対面の場面である。