044『ドイツ・イデオロギー』の編集をめぐって

マルクス・エンゲルス研究者の会『マルクス・エンゲルス・マルクス主義研究』第48号(2007年6月30日,八朔社,本体価格3,000円)がようやく刊行された。この雑誌は評者が「編集技術統括者」として刊行に加わっているもので,経費節約のためにInDesign(以前はPageMaker)で版下を作っている。発行日と実際の発行日とに大きなズレが生じてしまったのは,いつになく大部になってしまったこと(約130ページ)と校正作業に予想以上の時間を必要としたからだ。
今号はMEGAで未刊行の『ドイツ・イデオロギー』の編集にかかわる新しい情報とその編集問題(とくに日本語版)を扱っている。渋谷正の編集後記と内容について以下にまとめた。本号に関係したひとりとして,『ドイツ・イデオロギー』編集についてなにが問題となっているのかが明確になることを願っている。

本号では,『ドイツ・イデオロギー』の特集を組みました。
掲載された論考の中心は,2006年11月24-28日にベルリンで開催された「マルクス/エンゲルス編集 独=日専門家会議」のワークショップ「MEGA第I部門第5巻『ドイツ・イデオロギー』の完成に向けた独日共同研究」における報告です。この会議では,日本側編集者がMEGA第I部門第5巻の編集に参画し,MEGA本巻に新に添付されるCD-Rom版の編集については日本側編集者が責任をもつことで,合意に達しました。いよいよ『ドイツ・イデオロギー』の編集における日独の共同作業が始動することになります。リャザーノフ版の刊行から81年,試作版の刊行から35年を閲しましたが,この長い年月は,この草稿の編集の困難さを語って余りあります。この困難を経て刊行される『ドイツ・イデオロギー』の最終決定版の事業に日本人研究者が足跡を刻むことになるわけです。
本誌の47号には大村泉・渋谷正・平子友長三会員の共同論文が掲載されました。これにたいして,中国の『学術月刊』2007年1月号に張一兵教授の「反批判」が,次いで,『情況』2007年5月号に岩波文庫版『ドイツ・イデオロギー』の「補訳」者である小林昌人会員の「反批判」が掲載されました。本号では再び廣松版の編集を論じ,内外の『ドイツ・イデオロギー』編集史に廣松版を位置付ける論文を掲載致しました。内外の研究史に廣松版を正確に位置付けることなしに,我国における『ドイツ・イデオロギー』研究の今後の発展を展望することは不可能だからです。論文中では,張教授と小林会員の「反批判」のいずれもが,廣松版が草稿の改稿過程の復元に当ってアドラツキー版を踏襲したという根本的問題を直視しない,というよりも隠蔽し,問題の本質を回避していると論じられています。
さて,新MEGA版『ドイツ・イデオロギー』の編集がなによりも目指すべき到達点は,草稿の正確な復元にあります。この復元を検証する最終的な手段は,草稿のオリジナルにありますが,CD-Rom版は,「フォイエルバッハ」章のオリジナル画像をはじめて世界に開示することになります。一つしかない事実が,すべてを物語ることになるでしょう。
かつて,「国際マルクス=エンゲルス財団(IMES)」の前事務局長ユルゲン・ローヤーン氏は,IMES傘下でのMEGA事業の継続を,地動説を唱えたガリレオ・ガレリイの言葉,「それでも地球は動いている!」を借りて,「それでもMEGAは動いている!」と言いました。私どもも,ローヤーンの顰に倣って言う必要があります。『ドイツ・イデオロギー』編集にたいしてどのような批判や歪曲があろうとも,「それでもMEGA I/5は動いている!(Und die MEGA I/5 bewegt sich doch!)」,と。(渋谷 正)

論文等 タイトル 執筆者 ページ
巻頭グラビア ドイツ・イデオロギー』の新MEGA試作版(1972年)と廣松渉版(1974年)の改稿表記 渋谷 正・大村 泉・平子 友長 i-iv
報知 ベルリン・MEGA編集者会議(2006年11月24-28日)における新MEGA版『ドイツ・イデオロギー』編集に関する日=独編集者間の合意事項について 大村 泉・渋谷 正・平子 友長 3-6
報知 新MEGA版『ドイツ・イデオロギー』編集会議(2007年2月3日,東北大学 渋谷 正 7-10
論文 MEGA2(2は上付き) I/5で『ドイツ・イデオロギー』のテキストはどのように編集されるべきか フープマン,ヴェックヴェルト,パーゲル(大村 泉訳) 11-15
論文 新MEGAにおける『ドイツ・イデオロギー』草稿のテキスト成立史的編集方針について リヒャルト・シュパール(佐山 圭司訳) 17-29
論文 再び廣松渉の『ドイツ・イデオロギー』編集を論ず 渋谷 正・大村 泉・平子 友長 31-85
論文 マルクス・エンゲルス年報 2003年』における『ドイツ・イデオロギー』の配列と復元に関する諸問題 渋谷 正 87-96
論文 廣松渉版『ドイツ・イデオロギー』の根本問題 平子 友長 97-121
論文 文献学とマルクス主義基本理論研究の科学的立場 張 一兵(解 澤春訳) 123-129