054雛鑑別師とモッキンポット師

JALカードが発行している会員用雑誌『Agora (アゴラ) 』第17巻第9号(2007年8月27日発行)を見る機会があり,そこにハンガリーで35年にわたって雛鑑別師として活躍している廣江昭久さんの紹介が出ていた。雛鑑別師とは「初生(しょせい)雛鑑別師」といい,卵からかえったばかりの雛の雄と雌を見分ける技術を有する特殊技術者である。『Agora (アゴラ) 』の記事では「初生鑑別師」と「高等鑑別師」の区別があるように書いてあるが,鑑別の仕方にかかわる「初生鑑別」とその資格である「高等鑑別師」と区別するのが正しいようだ(「初生鑑別」をするための資格が「高等鑑別師」であり,内容からいえば,「初生鑑別師」=「高等鑑別師」だ)。雛の段階で鑑別する方法は日本で開発され(1924年),100%近い鑑別能力を誇るという。社団法人畜産技術協会ではこの「初生鑑別」にかんする詳しい情報を提供している(http://jlta.lin.go.jp/hina/index.html)。
雛鑑別といえば思いだすのが,井上ひさし『モッキンポット師の後始末*1』(講談社文庫,1974年6月,asin:4061312588。続編に書き下ろしの『モッキンポット師ふたたび』同上,1985年1月,asin:4061834096)だ。浅草フランス座のストリッパーのヘレン天津から鑑別師の話を聞いた主人公小松(鑑別師の資格を持っていると偽る)と悪友土田・日野が,松戸の聖ペトロ養鶏場ででたらめな雛鑑別をする。養鶏場へ来て13日目,雌雛から鶏冠(とさか)が生えだし,ほうほうの体で逃げだし,モッキンポット師に尻ぬぐいをさせてしまう。
雛鑑別師になるためには,5ケ月の研修所での研修,孵化場での研修,さらに高等鑑別師考査をパスしなければならない。偽鑑別師小松のでたらめ鑑別(確率上は50%あたる)とは次元が異なる平均99%以上の鑑定率がないとパスしないというから驚きだ。諸外国の雛の大半は日本の鑑別師によって担われている。こういうものこそ国際貢献というべきだろう。

*1:初出は『小説現代』で,71年1月から72年7月まで連載された。井上は「長い間の憧れだった中間小説誌にはじめて小説を書く」と自筆年譜に記している。