138梅田望夫著『ウェブ時代をゆく――いかに働き,いかに学ぶか――』

書誌情報:ちくま新書(687),244頁,本体価格740円,2007年11月10日

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)

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ウェブが切り開いた「あちら側の世界」「もうひとつの地球」に広がる新しい職業への誘いの書である。ネット世界の理解能力,サイトの構築能力,バーチャル経済の理解能力,プログラミングの能力というウェブ・リテラシーの習得を前提に,こちらとあちらの境界での,小さいが新しい仕事,「志向性の共同体」の創出が可能だとする。
著者はオープンソースを例に挙げ,「貨幣経済の外側で活動する能力」に全幅の信頼を寄せる。あとはけもの道を厭わない戦略性と勤勉があれば,未来が開けているのだ。
たしかに,オープンソース運動は貨幣経済とは一線を画したボランタリーなものであり,経済的成功をもともと志向してはいない。同好の士や好きなことへの没頭が原動力とはいえ,こちら側の世界での生活現場があればこその世界だろう。著者の描く新世界はあちら側をも対象にした新規事業の開拓であって,けっして「貨幣経済の外側」にあるものではない。
著者のウェブを前向きに生きようというメッセージはよく伝わっている。だが,「世界が豊かになりモノが溢れ,先進国の「中の下」あるいは「下の上」より上の生活から「生存の危機」は現実的に消えた」(28ページ)のは当たり前のことだ。問題は「下の中」や「下の下」の「生存の危機」だ。また,「格差社会」論や「下流社会」論は,「何でも政治や社会の構造のせいにして結論づけ」(235ページ)ているわけではないだろう。「一日五分の世界中の人の善意を集めて世の中を良くしよう」(86ページ)という良き「志向性の共同体」は,こちら側の世界で五分どころか多くの時間と労力を割いて試行されていることだ。