022青木栄一著『鉄道忌避伝説の謎――汽車が来た町,来なかった町――』

書誌情報:吉川弘文館(歴史文化ライブラリー222),214頁,本体価格1,700円,2006年12月1日

鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町 (歴史文化ライブラリー)

鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町 (歴史文化ライブラリー)

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鉄道忌避伝説とは,鉄道が通れば宿場が寂れる,蒸気機関車からの煤煙で桑や稲が枯れるなどといった理由で鉄道が忌避されたことを指す。たとえば,東海道筋の岡崎,甲州街道筋の府中,調布などにおいては,最初の鉄道が町の中心から大きく離れて通過しているのは,鉄道忌避(反対)があったから,などというもの。著者は,半世紀にわたる鉄道発達史の調査・研究から,文献のうえで確認できる唯一の鉄道忌避(参宮鉄道)を例外として,鉄道忌避(反対)運動はなかったと断言する。鉄道史研究が長らく学問対象にされてこなかったことがかえって日本各地の鉄道史の個別研究を進め,鉄道忌避伝説についても輪郭がはっきりしてきた。東海道線甲武鉄道,日鉄土浦線など具体例を検証し,鉄道忌避は伝説にすぎないことを論じる。同時に,伝説流布には従来の地方史研究において鉄道への関心が低く,ために伝聞や言い伝えをそのまま採用することにも結果した。
もちろん,鉄道反対運動も存在した。鉄道創業時の郡部や保守的な士族によるもの,陸軍の海岸線忌避論,鉄道官僚や地方官僚の水運重視の立場からの反対,土地買収や農業水利,洪水時の被害対策,橋梁位置などの不安からの反対も実際にあった。
鉄道敷設および路線の決定は,鉄道技術のうえから厳格に決められ,鉄道忌避の存在ゆえに宿場町や中心部を迂回するということはなかったとされる。代議士の鶴の一声で新幹線の停車駅が決まることがあったとしても(これは鉄道誘致伝説か。本書ではこのような表現はない。),政治や鉄道忌避による影響はなかったというのだ。鉄道ルートは地形によって決定されるからだ。
評者の田舎には,この鉄道忌避伝説がたしかに存在した。幹線鉄道敷設の際には,その地域の中心部の都市が外れていたからである。その後,ある鉄道が通ることになったのは,本書にいう鉄道忌避伝説の好例かもしれない。東北のある鉄道は「鍋弦(なべつる)線」と異名をとり,「我田引鉄」の代表例とされる。もっともこれは鉄道忌避というより,有力政治家による鉄道誘致だ。
鉄道忌避伝説の批判的検討という本書の中心テーマを超えて,通説や伝説の形成と伝播を考えさせられる好著である。