書誌情報:ちくま新書(863),253頁,本体価格780円,2010年9月10日発行
- 作者:竹内 正浩
- 発売日: 2010/09/08
- メディア: 新書
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「鉄道史の概説書は多数出ているが,明治以降の国策・国防という面から述べた本は驚くほど少ない」(9ページ)。それほど鉄道史に詳しくはないが,「国策・国防」と無関係とする鉄道史は少ないのではないか。
日本資本主義の急激な発展と軍事体制との結びつきを強調してきたのがいわば常識となっていた。鉄道について,「陸軍統制下の輸送通伝(鉄道,電信電話等)における技術的躍進=自足完了への迫進」(山田盛太郎『日本資本主義分析』岩波文庫,128ページ)として,あるいは「軍事警察輸送機構としての鉄道の工築」(129ページ)を位置づけ鉄道国有化と関税改正を梃子に輸入から「自足完了」の過程に注目されてきた。あの「多種複雑なる勤番の組み合わせ時間表」たる「ダイヤグラム」は「速急なる軍事輸送の用」のためであり,「軍事的警察的,金融資本的,統制の実現」として,「朝鮮を含む全土的なる規模での統制実現」(132〜133ページ)として十二分に指摘されてきた。同時に中国での労働争議のきっかけはつねに京漢鉄道従業員によることや日本鉄道で頻発したストライキを例に,労働者の「陶冶」の基本線を見たのだった。このようにむしろ鉄道と軍事との密接な結びつきこそ鉄道発達史の(評者にとっては)常識だったから,もし鉄道史が著者の言うような概説書が多いとはにわかには信じられない。
たしかに鉄道と軍事との結びつきを相対化する理解がむしろ一般的になっているのは事実だ。日本経済史のテキストではたとえば「海運業と鉄道業が中央政府の産業関連支出の対象の双璧をなし,日本銀行の株式担保金融も鉄道株を中心としていた」・「日本・九州・山陽・関西・北海道炭礦の五大幹線会社を中心とする私鉄の線路延長は1900年には国鉄の3倍に達し,上からの国内市場の統一を強力に推進した」(石井寛治著『日本経済史[第2版]』東京大学出版会,1991年3月,[isbn:97844130420399],227ページ)のように,労働手段生産の軍事工廠優位・民間機械工業劣位という構図に代わって「従来評価されることの少なかった民間機械工業の発展」(同上)の例として海運業→造船業,鉄道業→車輌業の急激な発展を指摘している。いずれにしても「造船・車輌業の突出した発展ぶり」(228ページ)はまちがいない。
本書は,鉄道黎明期から西南の役,日清戦争,日露戦争までの約40年を扱っている。列車による軍事輸送の嚆矢,軍事上の必要性からの鉄道敷設要求,軍港の鉄道建設など要所に軍事との関連が指摘されている。各戦争の背景と天皇の御召列車・御料車の記述がやけに詳しい。日清戦争の準備過程で軍事輸送優先の輸送体制がとられたことや中国大陸での鉄道権益をめぐる欧米列強との確執,鉄道輸送が戦争遂行の生命線だったことなどの詳述が本書の特徴だ。
鉄道と軍・戦争との接点を,レールと軍靴に絞って見たということだろう。
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