058金谷武洋著『主語を抹殺した男――評伝三上章――』

書誌情報:講談社,285頁,本体価格1,700円,2006年12月10日

主語を抹殺した男/評伝三上章

主語を抹殺した男/評伝三上章

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評者はかつて本多勝一の本で三上章(1903-71)と『象は鼻が長い』を知った。『象は鼻が長い』と言えば三上章,三上章といえば『象は鼻が長い』。カナダでの日本語教師の経験から三上文法に出会い,言語学を専攻するようになった金谷による三上評伝だ。日本語の特徴は述部一本建 (Predicate) にあり,主語は不要であるばかりか,有害であり,抹殺しなければならない。金谷の三上文法実践は,(1)動詞活用がない,(2)動詞が文末にくる,(3)主題を示す助詞の「は」を理解する,(4)人称代名詞はいらない,にある。三上文法の有効性の確認は,著者による実践例を示した導入部分だ(序章と第1章)。
本書は幼年から学生時代(第2章),台湾,朝鮮と帰国後の知的逍遙時代(第3章),街の語学者として戦前から戦後にかけての活躍期(第4章),学位を取得し大学での職を得,ハーバードからの客員招聘を果たした晩年(第5章)とほぼ三上の年齢に沿って生涯を追跡している。著者にはすでに「主語三部作」(『日本語に主語はいらない』講談社選書メチエ,2002年,asin:4062582309,『日本語文法の謎を解く』ちくま新書,2003年,asin:4480059830,『英語にも主語がなかった』講談社選書メチエ,2004年,asin:4062582880)があり,三上文法の紹介と解説も三上生誕100年にあたる2003年に3冊出版されている(山崎紀美子『日本語基礎講座』ちくま新書asin:4480061061,益岡隆志『三上文法から寺村文法へ』くろしお出版asin:4874242901,庵功雄『「象は鼻が長い」入門』くろしお出版asin:4874242782)。
日本人の日本語文法にも,外国人のための日本語文法にも英文法の影響がまだ強いといわれている。国語学会はすでに日本語学会に改称された(2003年)。初等・中等教育の国語が日本語に,言語論における日本語特殊論が日本語一般論に変わるとき,日本語文法を英語文法の呪縛から解放した三上文法の再評価が鍵になるように思われる。