092デイヴィッド・K・シプラー著(森岡孝二/川人 博/肥田美佐子訳)『ワーキング・プア――アメリカの下層社会――』

書誌情報:岩波書店,xiv+397+7頁,本体価格:2,800円,2007年1月30日

ワーキング・プア―アメリカの下層社会

ワーキング・プア―アメリカの下層社会

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原著 (THE WORKING POOR: Invisible in America, New York, Alfred A. Knopf) は2004年2月に刊行され,大きな反響を呼んだという。繁栄するアメリカのもう一つの顔である貧困問題(ワーキング・プア)に正面から挑戦したからだろう。ワシントンの黒人居住区,ニューハンプシャーの白人の町,クリーブランドやシカゴの工場・職業訓練センター,アクロンやロサンゼルスの公営住宅,ボストンやボルチモアの栄養失調診療所,カリフォルニアのスウェットショップ,ニースカロライナの農場など働けば働くほど貧困の淵に落ち込む人々がつぎからつぎへと登場する。
ワーキング・プアに打ちひしがれているひとりひとりのドラマが11章を通して描かれている。彼らとの対話を再現することでワーキング・プアの実態を明らかにする。富と貧困の二極が自然法則のように形成されるのではなく,他方の貧困が一方の富を支えている構造がよくわかる。
本書で描かれているいくつものドラマは,その改善のための課題も一様ではないことを示している。本書を読み進むにつれ,雇用や賃金だけではなく,個人の意志や能力,家族,育児,教育,職業訓練,医療,住宅,福祉制度,社会運動,政治制度などと複雑に絡んでいることが了解される。
今大問題となっている「サブプライム」問題についてもすでに触れてあるし(第1章),多くはメキシコ人か中南米出身者であり不法滞在者でもある農場労働者の実態(第4章),自動車優先文化のワーキング・プアへの影響(第5章),アメリカの成人の37%は計算器を使用しても値段の10%引きの計算の仕方がわからずバスの時刻表が読めないなど教育との関連の指摘(同上),そして教育の地域間格差は公教育の財源を地方の固定資産税によっていること(第9章)など興味深い分析も多い。「ある国について学ぶには,刑務所や病院,学校を訪ねるのが最適」(333ページ)はあたっている。
最終章(第11章)には「能力と意志」をおき,ワーキング・プア問題解決のための「総合的な救済策」(374ページ)を言う。多くをルポに費やした本書の叙述からは,ワーキング・プア解決のためのまとまった処方箋を見いだすのは難しい。民主党=リベラル,共和党=保守という構図をもとに,両派のイデオロギーを越えた政策的着地に将来展望を見いだしている。アメリカ的良心の意義を認めつつも,政治に翻弄されるワーキング・プアのアメリカならではの特徴も見いだせそうな気がする。
本書のぺーバーバック版(2005年)には,本書の登場人物のうち8人のその後についてエピローグが追加されたが,本書には収録されていない。翻訳は岩波書店のウェブで公開されている(http://www.iwanami.co.jp/.PDFS/02/5/0257590.pdf)。
【追記】2007年9月7日
訳者のひとりである森岡さん(ウェブ:http://www.zephyr.dti.ne.jp/~kmorioka/,ブログ・ささなき通信:http://sasanaki.exblog.jp/)から,本書に関連した情報をいただいた。ありがとうございます。