064横書きの句読点は「、。」か「,。」か「, .」か

植村八潮「『執筆要綱』の一部見直し――横組における句読点の表記について――」(『コンピュータ&エデュケーション』第15号,東京電機大学出版局,2003年12月1日,120〜121ページ)は,句読点について以下のようにまとめている。

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「句読点」は,本来の日本語表記にはなく,今日でも正書法は確立されていない。現在,日本語の文章では「、」や「。」などの句読点を打つことが,当然のことのように考えられている。しかし,日本語でこのような句読法が定着したのは明治30年代であって,国語国文学からみるとその歴史は驚くほど浅い。
明治18年に出版された坪内逍遙小説神髄』には句読点がない。日本に西洋のpunctuation(句読法)が伝わったのは,15世紀末から16世紀にかけてのキリシタン版といわれている。1872(明治6)年の『和英語林集成』という横組活字組版の和英辞典では,区切りに「,」が使われている。一方,縦組活字組版では,明治30年代頃になって「,」「.」などの句読法を参考に,漢文の圏点「、」「。」を援用した句読点が使われるようになった。明治後期の算数の教科書には「,」「.」が使われている。句読点表記の最初の規定が,1906(明治39)年の文部省大臣官房調査課草案『句読法案』だ。明治初期頃より,出版物の横組組版で「,」「。」が定着する。
『句読法案』をもとにして,1946年に文部省教科書局調査課国語調査室『くぎり符号の使ひ方[句読法]案』が発表される。それには「主として縦書きに用ひるもの」としてマル(句点),テン(読点)とある。1949年に公用文の平易化につとめることから『公文用語の手びき』が編集されている。さらに1951年に国語審議会の建議『公用文作成の要領』「書き方について」5の注2には『句読点は,横書きでは「,」および「。」を用いる』とある。
これは今日まで有効で,大学が発する文書は教員の論文も含めて公用文であり,この通達のもとにある。現在文化庁のウェブサイトには「国語表記の基準」として記載がある(「国語施策情報システム」参照)。ただ,句読点は正書法として制定されたわけではなく,「ゆれ」を許容してきた。たとえば『記者ハンドブック』(1956年)では,『句点は「。」,読点は「、」を使う。「.」「,」は使わない』とある。これは新聞活字が歴史的に「、」「。」しかなく,横組にも「、」「。」が使われていたことによる。
しかし,自治省(現在は総務省に)は,この『記者ハンドブック』を参考にしたといわれる『左横書き文書の作成要領』を作成した。この制定が原因で,地方自治体の公用文の句読法は,完全に混乱状態に陥る。その後,混乱に拍車をかけたのが,ワープロの普及だ。ワープロ専用機やワープロソフトは初期の導入期から,印刷出力は縦書きでも機能上の問題で画面は「横書き表示」だ。このためデフォルト設定が「、」「。」だった。これがビジネス文書を中心に多量の「、」「。」文書を生み出し,一般化した。
その後,出版印刷の現場にはDTPソフトが普及する。このデフォルト設定が「、」「。」となっていたことから出版物にも影響が及ぶ。横組組版の伝統や知識のないパソコン系出版社などが,多量の「、」「。」書籍を出版した。
歴史的な経緯もあり,伝統的に横組出版物を発行してきた理工学書出版社の出版物,自然科学系学協会などの学会誌,学術書,さらに文科省の検定教科書では,今でも「,」「.」か「,」「。」を用いた出版物を発行している。もちろん,数式や欧文が多い横組の出版物や論文が「,」を利用しているのは,たんに伝統というだけではない。和文に欧文が混じる場合,カンマにすると統一がとれて,読みやすいというのも理由のひとつだ。

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アンテナに登録しているブログの書き手の多くは「、」「。」を使っている。ブログやホームページなどネット上の圧倒的多数派は「、」「。」だろう。
以前指摘した元号と西暦の混在によるファイル管理と同様(https://akamac.hatenablog.com/entry/20070914/1189761177),もっとも厳格に使わないといけないお役所文書が実は一番いい加減な使い方をしている。
評者は一応こだわりを持って,横書きの場合,論文はもちろんメールでもプレゼン資料,講義資料もすべて「,」「。」を使っている。