165中村宗悦著『後藤文夫――人格の統制から国家社会の統制へ――』

書誌情報:日本経済評論社,xii+250頁,本体価格2,500円,2008年3月5日

後藤文夫―人格の統制から国家社会の統制へ (評伝・日本の経済思想)

後藤文夫―人格の統制から国家社会の統制へ (評伝・日本の経済思想)

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「評伝 日本の経済思想」シリーズの第3冊目で,「日本経済の将来を構想し経済政策を立案・実行した政策者」(「刊行の辞」より)としては最初の評伝である。昭和恐慌期における「経済更正計画」の一端については友人の研究によって知ってはいたが,それを農相として推進した後藤文夫についてはほとんど知識がなかった。
著者は,後藤の生涯と「新官僚」として政策への関与や翼賛体制に取り込まれるその挫折の軌跡を丹念に追跡している。後藤の思想の実現とその限界をその都度明らかにしようとする著者の叙述は,民政党と政友会の対立構図や後藤が糾弾する政党腐敗の内容は理解しづらいとはいえ,経済史の知識と資料にもとづいており,まずは後藤を主人公にした昭和恐慌期および戦時期にかけての本格的な日本経済史として読むことができる。
官僚として政治家として活躍した後藤は,体系的な文章を残していないという。たしかに,著者の後藤の描写は,その時々の政策と政治とのかかわりを主としている。下からの「自力更生運動」を体制内化した「経済更正計画」や地方青年の教育と組織化が結局翼賛体制化される事実を指摘する(本書の副題「人格の統制から国家社会の統制へ」が著者の問題意識を見事に表現している)。と同時に「日本版ファシズムを支える基盤を作り出していったと評価するのみでは,後藤の主観的な意図を読み誤るのではないだろうか」(167ページ)のように後藤への留保文言のいくつかは,後藤の官僚や政治家としての存在証明にはなりえても彼の思想的背景が十分に抉られていないように思う。
それでも思想家後藤の姿が浮かび上がってきたことは疑いない。「政策者」後藤文夫の評伝は,日本経済史と経済学史・経済思想史という確固とした研究領域があるなかで,日本経済思想史という学問分野の定着を宣言した著作といえよう。
【追記】本書にはすでに田中秀臣さんが高い評価をしている。→http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20080307#p5
【追記2】著者による紹介文<忘れられた「新官僚」後藤文夫>が発行元のPR誌に掲載された(日本経済評論社『評論』第167号,2008年6月1日)。2008年6月2日記。