266本田由紀著『「家庭教育」の隘路――子育てに強迫される母親たち――』

書誌情報:勁草書房,x+241+iii頁,本体価格2,000円,2008年2月10日発行

「家庭教育」の隘路―子育てに強迫される母親たち

「家庭教育」の隘路―子育てに強迫される母親たち

  • -

近年「家庭教育」が政策の中心を占めるようになった。文科省はすでに厚労省と連携して「家庭教育手帳」「家庭教育ノート」「家庭教育ビデオ」を作成・配布している。教育基本法に「父母その他の保護者は,子の教育について第一義的責任を有するものであって,生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに,自立心を育成し,心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする」という条文が追加された(10条)。「早寝早起き朝ごはん」国民運動や「子供と話そう」全国キャンペーンもこの延長にある。
そういえば,家庭や子供をターゲットにした雑誌もいくつか目にするようになった。『プレジデント Family』(2005年11月17日創刊),『日経キッズプラン』(2005年10月18日創刊),『AERA with Kids』(2006年3月9日第1号発行)などがそうである。
「家庭教育」における「社会化」(政策の基調)と「選抜」(社会的関心の重点)が,現時点でそれの担い手である母親を追い詰めているのではないか。これ以上の「家庭教育」の強調や奨励は社会の陥穽になるのではないか。著者の問題意識はここにある。
「母親インタビュー調査データ」と「若者とその母親を対象とする質問紙調査データ」を使った検証結果の興味を惹いたことがある。「きっちり」(成績向上や塾・習い事の積極的な利用,生活習慣のしつけなどを重視する)した子育てが中三時の学業成績に影響し,さらに中三時の学業成績が学歴に,学歴が就労形態に,就労形態が収入に影響するという連鎖的な関連性の抽出についてである。他方「のびのび」(できるだけ外で外で遊ばせること,いろいろな体験をさせること,子供の希望をきくことなどを尊重する)した子育てが無業になりくく,子供が母親は自分を理解してくれているか,母親の人生は生きがいのあるものかどうか,コミュニケーション能力は高いかどうかなどに強い相関がある。
「きっちり」した子育てと「のびのび」した子育てが,子供の将来の客観的な地位達成と主観的な地位達成とに,それぞれ長期的な影響を発揮している。それゆえ,日本の母親がおこなう「家庭教育」にはすでに十分に「格差」と「葛藤」とが満ち溢れている。著者の視線はまずこのような現実を直視することに向けられ,つぎに処方箋を示すことに向けられている。家庭や母親の負担を減らし,家庭外における子供の経験の「場」の創造を保障しようと。「格差」と「葛藤」をなくすためには公的な財政支出の増加は避けられない。
著者も言うように,たとえば中三時の学業成績があたかも人生のすべてを決めるかのように,本書の分析結果の一部が独り歩きする懸念がないわけではない。「きっちり」と「のびのび」のバランスは「家庭教育」ではいまや限界であり,公的施策の充実をという著者の主張は,本書をバランスよく読めばわかるはずだ。