678酒井順一郎著『清国人日本留学生の言語文化接触――相互誤解の日中教育文化交流――』

書誌情報:ひつじ書房,viii+287+3頁,本体価格4,700円,2010年3月19日発行

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著者は,中国人日本留学生の先行研究として,さねとうけいしゅう著『中国人日本留学史稿』(日華学会,1939年),同『中国人日本留学史』(くろしお出版,1960年)をあげ,その後の研究の多くも「基本的枠組みは,さねとう研究」(10ページ)とし,留学生教育の実態と留学生の日本文化・社会経験を明らかにしようとしている。明治期清国人留学生の定義を,「来日し,日本式教育内容・方法を行う日本人教員が多数の教育機関に於いて学術・技芸を研究・習得している者。但し留学期間は一ヶ月以上」(14-5ページ)とし,当時留学生教育機関の「大本山」・講道館「宏文学院」の資料によりながら,「末期官僚志向型」・「国家近代型」・「市民生活堪能型」・「民間上昇志向型」として分析のフレームワークを提示する。
留学生数がピークを迎えた20世紀はじめ時点では,「銀メッキ組」,「視察組」,「取りあえず日本体験組」だけでなく父子留学,夫婦留学,兄弟留学,一家留学,一族留学など多くは「清国の代行教育的要素」(20ページ)が強かったという。清国人日本留学生からのちに著名な政治家・軍人・教育家・文学者が輩出したが,彼らはごく少数だった。それでも留学経験者が翻訳した日本語書籍は300を超え,清国が出版した外国語書籍の翻訳書総数の60%以上を占めていた時期もあった。
留学生教育(速成教育と普通教育),日本語教育,衣食住にわたる文化接触,異性文化接触を具体的に紹介し,明治期留学生教育機関の終焉までの描写は,清国人日本留学生の特質としてまとめられている。本書副題の「相互誤解」は「「わかったつもり」「したつもり」のような「つもり的相互誤解の文化交流」(278ページ)を意味している。「日本に対する憧れと嫌悪」(=「愛憎のアンビヴァレント」)(281ページ)の原型を誕生させた明治期の留学生模様はくっきりと浮かび上がっている。