647永田圭介著『厳復――富国強兵に挑んだ清末思想家――』

書誌情報:東方書店,vii+343頁,本体価格2,000円,2011年7月20日発行

厳復―富国強兵に挑んだ清末思想家 (東方選書)

厳復―富国強兵に挑んだ清末思想家 (東方選書)

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清末の思想家,啓蒙思想家として知られる厳復(1854.12.10-1921.10.27)の評伝である。日本に亡命経験がある梁啓超孫文,日本に留学経験がある秋瑾や魯迅たちにくらべれば知名度は低いものの,中国近代史に関心がある人にとっては馴染みのある人物である。評者にとってもスミスの『国富論』やJ. S. ミル『自由論』の翻訳者としての厳復の知識はあった。翻訳活動を独立して記述しながら厳復の思想家としての一生を描いた本書は最初のものとなった。
厳復の翻訳はハックスリーの著書『進化と倫理』を『天演論』と翻案したほか,スミスの『国富論』を『原富』,J. S. ミルの『自由論』を『群己権界論』,モンテスキューの『法の精神』を『法意』,ジェンクスの『政治通史』を『社会通詮』,ジェヴォンズの『論理学入門』を『名学浅説』,J. S. ミルの『論理学体系』を『穆勒名学』として翻訳・出版した。ハックスリー,ジェンクス,ジェヴォンズの翻訳はそれぞれスペンサー,モンテスキュー,J. S. ミルの要約者としての役割を負っていた。これらの翻訳は帝国列強の圧力下で清の富国への発展をはかるという厳復の強い目的志向が働いていた。
維新変法を叫んだ時期もあれば,辛亥革命までは清末文化を代表する知識人であった。孫文袁世凱との政治的駆け引きのなかで厳復は北京大学初代学長をつとめ,袁世凱「帝政」推進の役回りを期待されたりもした。
やがて陳独秀魯迅胡適,李大釗らの新思想研究と啓蒙の時期と交錯するなかで,厳復は『荘子』に傾倒する。西欧的市民の不在を強く感じていた厳復は,良き為政者による上からの「革命」に大きな希望を託していた。啓蒙思想家・厳復の生涯がよく描かれている。