744梶谷懐著『「壁と卵」の現代中国論――リスク社会化する超大国とどう向き合うか――』

書誌情報:人文書院,264頁,本体価格1,900円,2011年10月20日発行

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今年度前半の大学院輪読テキストにこの本を選んだのは,中国出身の大学院生3名と上海はフランス租界地生まれの社会人大学院生がいるからだった。中国人は2人が内モンゴル――内モンゴル自治区だけで日本の3倍の広さがあると聞かされた――出身のモンゴル族,1人は毛沢東と同じ湖南省出身の漢族,社会人院生は評者よりも人生経験豊かな日本人である。
村上春樹エルサレム受賞スピーチにおける「壁」=システム(しかも重層化している)と「卵」=個人(こちらも重層化している)の喩えは,彼らにどう響いたか。「こちら側」と「あちら側」の論理ではない中国に内在する視点として説得的だった。農民工プレカリアート,不動産バブルと人民元,予算外支出と市場の論理,人権と民族問題,日本人の中国観と日中両国のリスク社会化論というホットで複雑な問題に,まずは代表的な論点・論者を配し,そのうえで著者の見解と問題点を指摘する現代中国論はとても明解だった。
「中国というシステムをわれわれとは異質なものとして理解の外に追いやるのではなく,そのシステムを構成するロジック,およびシステムと個人の関係について仔細に考察を加えれば,それはむしろ相互に理解可能なのだ,というところから出発すべきなのではないだろうか」(17ページ)。
中国に媚を呈せず,かつ「あちら側」において論ずることのないバランスのとれた中国論となっている。「梶ピエール」はただ者ではない。