416北御門二郎著『ある徴兵拒否者の歩み――トルストイに導かれて――』

書誌情報:みすず書房,207頁,本体価格2,600円,2009年8月24日発行

ある徴兵拒否者の歩み

ある徴兵拒否者の歩み

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著者の名前を知ったのはトルストイ三部作(『戦争と平和』,『アンナ・カレーニナ』,『復活』)の翻訳でだった(東海大学出版会,1978[第16回日本翻訳文化賞受賞];2000年復刊)。急ぎ買い求めた記憶がある。
著者は1938年に徴兵されたが,中国大陸で目撃した日本軍の残虐行為への痛憤とトルストイ(とカント)の絶対平和主義を拠り所に兵役検査を忌避した。徴兵官によって「兵役には無関係にしておくから」とされ良心的兵役拒否は公認されたことになった。以来,入学していた東京大学英文科を中退し,熊本県水上村で就農のかたわらトルストイ先品の翻訳を手がけた。
トルストイとの出会いから「戦争傍観者」となった戦前・戦中篇(1930年〜1945年)は,15年間の著者の思想と生活の一側面と時局の推移を主として日記で描写している。戦後篇(1945年〜1983年)は,反戦と非暴力を憲法擁護に昇華させ,トルストイとの共通の息づかいである「神よ,我れ罪人を赦し給え!」との祈りによる贖罪行為にもとづく翻訳にかかわるエピソードを紡いでいる。
本書は,径(こみち)書房刊(1983年)と改訂復刊の地の塩書房刊(1999年)をもとにした第3版にあたる。同じトルストイに感化を受けながら,著者を「トルストイにかぶれて兵役を拒否する馬鹿な奴」と罵倒し,かの戦争を「美しい戦争」と称えた武者小路実篤とは対極にある。
著者が若かりし時認めた日記には戦争に直面して「お談義お教訓」を垂れる教師への批判もある。「そして,彼等(民衆か:引用者注)が与え,又蒙る残虐を見て見ぬふりをしながら,高い教壇で,広い会堂で,雑誌新聞を通じて,その非良心極まる平静さの中に,得々とお談義お教訓をつづけるこの世の教師,この世の学者のことを思うと,私の胸は張り裂ける思いがする」(37ページ)。トルストイアンデルセンの『裸の王様』を好んで引用しているという。本書では憲法での戦力はこれを保持せずとは戦力は一切保持しないということを――『裸の王様』の正直な子どもとおなじように――ありのままに認めることと援用している。
絶対平和主義,殺しあわない世界の希求とは,平時であろうと戦時であろうと,たとえ殺されてもいいから決して人を殺すなということにつきる。時と場合によっては人を殺してもいいとはならない。トルストイに終生向き合った著者の思いは凡にして難し。