430小尾俊人著『出版と社会』

書誌情報:幻戯書房,654頁,本体価格9,500円,2007年9月20日発行

出版と社会

出版と社会

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バートランド・ラッセル,サンガー夫人,アインシュタインが来日したことはよく知られている。招聘したのは,創業して間もない小出版社・改造社の山本實彦である。1921(大正10)年から22(同11)年のことである。アインシュタインは来日中の船中でノーベル賞受賞の報を受けたのだった。
このようなエピソードを交え,社会現象となった円本,講談社改造社・新潮社・アルス・興文社・文藝春秋社・春陽堂平凡社中央公論社などの出版社の「戦争」,岩波文庫吉野作造が関係した『明治文化全集』(日本評論社)などの出版状況につき,手記や日記を含む資料によって出版史を描いたのがこの大著である。著者は,戦前羽田書店に入り,戦後みすず書房の創業者のひとりとなり長らく編集責任者をつとめた人である。
出版事情を資料の引用によって語らせたことが第一の特徴だ。新聞全面広告による拡販競争の経過と悲惨な結果を詳述して,予約出版や全集物,さらには文庫へと収斂する出版の変遷を読み取ることができる。
「円本騒動のもっとも悲劇的な事件」(298ページから孫引き)と言われる,改造社と五社聯盟の『マルクス・エンゲルス全集』と岩波文庫版『資本論』の複雑な対立と競争も詳しい。個人や出版社の経験や実感を再現することを重視しており,関連資料の公開と分析を付加すれば,有益な物語になる(評者が知っているものでは,法政大学大原社会問題研究所で「大原デジタルアーカイブズ」として公開されている「高野岩三郎とD. リャザーノフとの往復書簡 (1928〜1930年) 」【→http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rjazanov/】が直接関連する)。
もともと『出版クラブだより』(1998年3月〜2003年12月)連載に,加筆して写真図版を添えてまとめたもの。読みやすい本ではないが,出版を描くことで昭和史の一端が浮かび上がらせることには成功している。「新しい,すばらしい著者,執筆者というものは,すでに存在した知的素材にサムシングを加えたものでなければならない」(28ページ)とは,ブログにもあてはまる言葉である。自戒。