516南和男著『江戸のことわざ遊び――幕末のベストセラーで笑う――』

書誌情報:平凡社新書(541),239頁,本体価格780円,2010年8月15日発行

  • -

大坂の人・一荷堂半水(いっかどうはんすい)作,挿絵・歌川芳梅(よしうめ)による原本『諺臍の宿替(ことわざへそのやどかえ)』は幕末文久(1861-64)頃の刊行で明治30年代中頃までに,書名や判型・版元をかえながらもロングセラーとなったという。
当時庶民が日常的に使っていた諺や言葉を戯文と奇抜な絵で解説したもの。本書は絵をそのまま再現し,戯文を現代文に直して再現している。落語のネタにもなっているものもある。庶民といっても大都市・大坂の消費社会の一面を色濃く反映している。生活に汲々する身分制社会の生産階級というよりは,艶っぽい話を交えながら都市生活者の日常の見聞をおもしろおかしく描いている。
激動の幕末という常識とはまったく別次元にあって,政治や社会批評の内容はまったく含まれていない。識字階層を意識した言葉遊びとして滑稽本として娯楽の対象として原本は歓迎され受け入れられたのだろう。あるいは文字を読めなくとも絵だけでも楽しめる工夫が秀逸だったのだろう。
戯作で生計を立てた半水のサービス精神はまさに上方的お笑いそのもの。一時は大勢の人が書肆に詰めかけるほどの売れっ子だったがのち不評を買ったという。芳梅は「軽妙洒脱な南西風」という。小咄とその絵の奇想天外さは現代でも受ける。