096河野稠果(しげみ)著『人口学への招待――少子・高齢化はどこまで解明されたか――』

書誌情報:中公新書(1910),iv+282頁,本体価格860円,2007年8月25日

人口学への招待―少子・高齢化はどこまで解明されたか (中公新書)

人口学への招待―少子・高齢化はどこまで解明されたか (中公新書)

  • -

人口学(英語では demography といい,人口統計学あるいは形式人口学)とは「人口の科学的研究をいい,主としてその大きさ(数),構造そしてその成長発展を研究対象する」(国際人口学会人口用語辞典)。『環』第26号(藤原書店,2006年8月)で「『人口問題』再考」を特集したことがあるが,人口問題を正面から論じることは意外なほど少ない。いまでもマルサス人口論』(1798年)がすべてであるかのように思われている。
本書は,少子化に関連する人口学的(形式人口学的)な説明(第3章まで),出生率低下の内容的な解釈と少子化をもたらした要因・背景にかんする理論・仮説の説明(第4章から第7章),出生率や人口の予測と人口減少社会の功罪(第8章以降)を論じた,人口学入門書だ。
著者は,国連人口研修研修・研究センターや厚労省人口問題研究所でのキャリアをもっている。人口問題を考える場合の人口学の基礎や現代の出生率低下のデータなど多くの知見が本書につまっている。日本の出生率がほぼ50年間にわたって人口置き換え水準を下回っていること(このままの低水準で経過すれば,500年後には「日本」が消失する!)や,人口転換論(多産多死から少産少子の過程)という人口問題のグランド・セオリーを別にすれば有力な出生力理論が5つあること((1)合理的選択理論,(2)相対的所得仮説,(3)リスク回避論,(4)価値観の変化と低出生率規範の伝播・拡散論,(5)ジェンダー間不衡平論)など,人口問題の複雑な絡み合いをよく知ることができる。
現代日本の課題のひとつである出生率低下の対策のためには,育児の財政的援助と育児・就業両立支援策のような早急な対処と世代変化を見据えた中・長期的な視点が必要であることを喚起している。
なお,うえの(5)の理論を説明している個所で,この理論がもっと受け入れられていいはずだが,そうならなかったのは「マルクス経済学の影響が強かったせいか,伝統的に経済的要因への信頼(あるいは信仰)と構造的変数の尊重が強かった」(202ページ)とある。『資本論』で言及されるマルクス人口論は,資本の蓄積との関係で(労働者の)相対的過剰人口が論じられている。そのかぎりの人口論というべきであって,人口問題をまるごと論じているわけではない。もっとも,人口論をこの相対的過剰人口論で事足りるとした理解があったことは事実だ。