595竹中平蔵著『経済古典は役に立つ』

書誌情報:光文社新書(489),222頁,本体価格740円,2010年11月20日発行

経済古典は役に立つ (光文社新書)

経済古典は役に立つ (光文社新書)

  • 作者:竹中平蔵
  • 発売日: 2010/11/17
  • メディア: 新書

  • -

経済古典とは経済学の古典を意味している。スミス,マルサスリカードリカードウ)・マルクスケインズシュムペーターシュンペーター),ハイエクフリードマン・ブキャナンを章立てに,ハイルブローナー著(八木甫他訳)『入門経済思想史――世俗の思想家たち――』(ちくま学芸文庫,2001年12月,[isbn:9784480086655])の人物像などを援用しつつ,経済思想・経済学説を概説したもの。「経済思想から判断して政策や対応策を決めることはありえない」が,「問題解決のスキルとしての経済古典」の意義があるとして,時代背景と何が問題だったのかを整理している。「書かれた当時は新刊であり,その当時の現実問題を解決するために書かれた」からである。時論の書として経済学の古典を繙こうという姿勢は一貫している。思想は思想,ハウツーものはハウツーもの,現実の経済政策は別にあると歯切れがいい。各章に「まとめ」を配し,読者にとても「役に立つ」工夫をしている。
スミスの章では,社会秩序の問題,財政赤字の問題,アメリカ植民地の問題,重商主義の問題と整理し,スミスの「見えざる手」による市場メカニズムへの信頼を確認している。社会秩序の乱れとして囲い込みを例に挙げていることは「資本の本源的蓄積」の理解とは異なるだろう。「毛織物産業が勃興し,羊毛用の羊を育てるために農場を牧場にしてしま」い,「そういうなかで社会の秩序は確実に乱れていった」(32ページ)。市場システムの理解で製造業派遣の全面禁止は「派遣社員として働きたいという人の労働の自由を認めない」「無茶苦茶な話」(30ページ)としたり,労働価値論に触れ労働の富への貢献を現代日本の「少子高齢化」と繋ぎ「アダム・スミスが直面していた問題と現在の日本が抱える問題は,基本的に同じ」(48ページ)として,現代に「役に立」たせている。
マルサスリカードマルクスの章では,3者がそれぞれ人口問題,穀物法,資本主義崩壊論という「悲観的未来像」・「悲観的世界観」を提示したとまとめている。いずれも「豊かなビクトリア時代」・「優雅なビクトリア朝の時代」によってこれら「資本主義の悲観シナリオ」は実現しなかったとする。マルサスリカードの対抗やマルクスの時代背景をおさえ,やがて古典派的世界からケインズの登場を待つことになる。利潤と賃金の相反関係についてのリカード理論がネオ・リカード派としてスラッファによって復活することを考えるとやや不満は残るリカードの説明ではある。マルクスについては本文のなかでは正しく説明されている「労働力の価値」を「労働の価値」としている箇所がある(76ページ)。マルクスが資本の有機的構成の高度化による利潤率低下と産業予備軍形成から革命の必然性を論じたことはない。利潤率の傾向的低下が一定条件のもとでのみ成立すること,資本の増加にたいしてつねに過剰に労働者を存在させるというのがマルクスの主張だ。「産業予備軍が武力化して革命を起こすという図式」(85ページ)は著者のものでしかない。
もっともケインズの章でケインズもふくめて「彼ら(リカードマルサスマルクスら:引用者注)は,目の前にある現実の問題に勇気を持って立ち向かい,信念を持って自らの理論を展開し,社会に対する新しい提言をしたために批判を浴びた」(125ページ)と経済学の巨人たちへの賞賛を惜しんでいない。ケインズについては有効需要理論を中心に失業という現実を目の前にした理論であることを説明し,政府の失敗・非対称性のリスク・クラウディングアウトというケインズ理論の限界を指摘している。ケインズ理論の現実的処方箋については高く評価している。「ニュートンの筆跡の蒐集家」(99ページ)の「筆跡」とはなんだろうか。たぶん「文書」の意味なのだろう。
シュムペーターの章は,イノベーション論をもとに資本主義のダイナミズム分析と景気循環論,ドラッカーへの影響,日本への強い影響(中山伊知郎東畑精一都留重人)をまとめている。限界革命との出現と出会いについて触れているのは適切な扱いといえる(マルクス理論へのカウンター・リボリューションとその後の経済学の中心命題になったことからすれば独立の章で扱ってよかったかもしれない)。中山と東畑がともに三重県出身であることから『資本主義・社会主義・民主主義』の手書き原稿が三重県立図書館にあることは初めて知った。また,小泉内閣の経済財政担当大臣としてまとめた「骨太方針」(2001年)の「創造的破壊」は著者によって「構造改革」に応用されたのだった。
ハイエクについては全体主義への批判,フリードマンについては急進的自由主義,ブキャナンについては公共選択論としてケインズ理論への対抗理論としての性格を切り取っている。ハイエクオーストリア学派の伝統で捉え,フリードマンの合理性一辺倒とは異なることも注意深く指摘している。
本書は,経済学の古典を歴史的に辿り,理論的営為のもつ意味を簡潔にまとめており,経済学の展開を理解するには大いに「役に立つ」。