494松尾匡著『対話でわかる痛快明解経済学史』,『不況は人災です!――みんなで元気になる経済学・入門――』

書誌情報:日経BP社,316頁,本体価格1,600円,2009年8月31日発行

対話でわかる 痛快明解 経済学史

対話でわかる 痛快明解 経済学史

  • 作者:松尾 匡
  • 発売日: 2009/08/27
  • メディア: 単行本
書誌情報:筑摩書房,219頁,本体価格1,600円,2010年7月5日発行

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選挙の結果次第では政権が代わり,政策実現過程も変わりうることを示したことでは昨年の総選挙と今回の参議院選挙は意味がある。日本を暗黒の雲のように覆う昨今の不況が政策の間違いや必要な政策の欠如であるとするならば,世論次第で政策を変え,それを実現できる政権の誕生も可能になる。
経済学を知ることで社会を動かす経済の仕組みと経済政策の有効性を問いかける新著は時期に叶った出版だ。不況は天災ではなく,歴代自民党政権と財界,日銀の一貫した金融引締め志向とし,成長率の一定の確保(マイルドなインフレ)と総需要の喚起という処方箋を説く。政治と政策における展開とマクロ経済学の常識とを付き合わせつつ,なぜ日本における金融政策の一見慎重な姿勢が不況脱出や有効な景気政策から乖離したのか。新著の魅力の第一は金融政策の検証とその批判にある。
こうした現実の政策展開に大きな役割を果たしたのがそれまでのケインズ経済学に代わって登場した「新しい古典派」経済学(=反ケインズ経済学)であった。ケインズ経済学にもとづく政策が日本の場合には自民党長期政権でのインフラ整備のための公共事業への財政支出に終始したために,小泉「構造改革」の登場を許した。新古典派経済学が取って代わったのは,ケインズ経済学が失業の原因を価格と賃金の下方硬直性にもとめたことにあり,逆に新古典派にはその伸縮性,合理的期待,ミクロ的基礎付けに新しさがあったことであった。このように政策を実現する基礎に経済学のパラダイム転換をおき,市場一辺倒ではない「新しいケインズ経済学」の登場とその理解による景気回復論の主張が第二の魅力である。
流動性のわな」論,リフレ論,さらには市民派・革新派のインフレ悪論に触れつつ,人災に立ち向かう経済学の面白さが横溢している。
経済学の展開については前著が詳しい。アダム・スミスから現代の経済理論までそれぞれの特徴を対話(主人公の大学生江古野(えこの)ミク,ミクの指導教員根上(ねあがり)のぞみ,「降霊」する「占い師」田ノ字城等(たのじじょう・ひとし))で描き,経済学史の入門書を企図したもの。
古典派(スミス,リカードマルクス),新古典派(ジェボンズメンガーワルラス,マーシャル),ケインジアンケインズ,ヒックス,サミュエルソン),新しい古典派(フリードマン),現代経済学へと経済学の流れを,①市場メカニズムの評価,②経済学的発想か反経済学的発想か,③創始者か総合者か,の3つの軸で整理している。各経済学者が提起した多くの論点をこの軸に沿って概観するという著者の視点に重なっている。よく見られるあれもこれも触れ流れがわかにくい類書とは一線を画している。タイトルの軽いネーミングにだまされて読んでみよう。オーソドックスで骨太の経済学の歴史を読み取ることができるはずだ。
前著と新著とは経済学の歴史的展開と現実分析と対象は違うが,前著は新著のケインズ経済学の登場以降の叙述に生かされている。前著から新著と順を追って読むと著者の経済学のスタンスがよく理解できる。前著の紹介を一年近く怠ってきた評者の弁解でしかないかな。