387松尾匡著『商人道ノスヽメ』

書誌情報:藤原書店,279頁,本体価格2,400円,2009年6月30日発行

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身内集団原理(武士道)と開放個人主義原理(商人道)――ジェイン・ジェイコブズにしたがえば「統治の倫理」と「市場の倫理」――を社会関係の二大原理とおさえ,江戸時代の商人道の現代的意義を高らかに宣言している。石田梅岩近江商人にみられる商人道はプロテスタンティズムに比肩できるほど封建社会の一般庶民の道徳・倫理であり,江戸時代には立派に存在していた(江戸時代の「プロテスタンティズム」)。著者は,明治維新以降押さえ込まれていた商人道の現代での復権を主張する。
いまひとつの理解のポイントは,武士の身内集団倫理観を学校教育によって強制し,逸脱を正当化し大目にみる「大義名分ー逸脱手段」システムである。戦争も私利私欲も小林よしのりもすべてこの図式になる。押さえ込まれた商人道は意識的な理念として体系化されなかった。無意識のエートスを意識化することで開放個人主義を開花させようではないかと著者はまとめる。
「連綿」(著者は数箇所で使用しているが,天皇制擁護論者が好む言葉だろう)と続く開放個人主義とは,保守本流であっても,マルクス主義者であっても,ビジネスにはげんでいても,労働運動や市民運動を担っていても,近代主義者であっても,相対主義者であっても,護憲派であっても,商人道の理念(①自立した誠実心,②わけへだてない公正,③ウィン・ウィンの信頼)を追求すれば,その先に意思決定への民主的参加と利他的活動を第一とする理想を描くことができる。「毎日毎日,目の前で出会う具体的な一人一人の人に喜んでもらえるよう,チマチマとした決して英雄的でない業務を誠実にこなす」(254ページ)。
たしかに個人の日々の営業や営み一般,会社を含む組織にとって「商人道」は「日本でいちばん大切にしたい会社」に通ずるモットーともいえよう。ソーシャル・ビジネス論,コミュニティ・ビジネス論や企業社会における民主的規制論とも親和性があるだろう。「商人道」がもし民主主義論と言い換えることができるなら,本書の「スヽメ」は市民社会論者を含む近代主義者と同一の地平に立ったといえる。市場経済システムと商人道が等値されていることからわかるように,著者の主張は民主主義論の徹底につきるからである。もし「全ビジネスマン必読の一冊」のレベルの提起だとするなら,多分それは著者の本意ではない。「立派な商人」「商人国家」はひとえにルールある市場経済システムを意味しているからである。
「商人道」に含まれるフェアな商取引や公正性など近代社会でも貫通する倫理・エートスを抽出しそれをてがかりに一気に社会システムのあり方に問題提起する手法は著者の卓見ではある。同時に,「立派な商人」になるためにはその精神性を強調するだけでは十分ではない。チマチマ業務が意味を持つと考えることができるのは,社会的連関のなかでの見取り図と個人としての成長が見えるものでなければならない。民主主義実現の具体的過程をひとつひとつ検証し,可視化すること。いま問われているのはここにあるのではなかろうか。