028八木紀一郎著『社会経済学――資本主義を知る――』

書誌情報:名古屋大学出版会,iv+248頁,本体価格2,800円,2006年4月20日

社会経済学―資本主義を知る

社会経済学―資本主義を知る

初出:政治経済学・経済史学会編『歴史と経済』第200号,2008年7月30日。なお,『歴史と経済』掲載稿は,2007年2月に編集委員会送付したはずのものであったが,2008年3月になって編集委員会では受理されていないことが判明した。そのために著書刊行後2年以上経ってから掲載されることになった。著者にはこの場を借りてお詫び申し上げる。本エントリー掲載稿は,最終校正原稿をもとにしている。

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社会経済学とは何だろうか。マルクス経済学となにが違うのだろうか。
本書のタイトルを見た時,多くの読者はそう思うだろう。「マルクス経済学」という名の講義科目は,1990年代始めにほとんど大学から消えてしまった。講義科目のみならずマルクス経済学を標榜するテキストもその後皆無であり,あったとしても社会経済学(あるいは社会システム論など)にその名を変えた。八木が書いているように,社会経済学には「現在の主流派の経済学が社会的および歴史的視野を失っていることへの批判」(226頁)が込められている。同時に,この名称にはさらに「マルクス主義という特定の思想に縛られかねない名称を避け,過去および現在の経済学のさまざまな理論的探究を取り入れ」(同上)る姿勢が明示されてもいる。「マルクスに由来する対立関係をはらんだ再生産の理論を新古典派主流にかわる新しい経済学(「社会経済学」)(233頁)の構想が本書にほかならない。この場合,『資本論』に代表されるマルクス経済学の基本骨格を継承(八木は「保存」(226頁)と表現)しつつ,ポスト・ケインズ経済学,スラッファ経済学,労働社会学,経済社会学ゲーム理論,学習理論,進化経済学など「統合的アプローチ」(233頁)を積極的に受容しようとする。
まず,本書の構成を瞥見しよう。
第1章 社会経済学の視点――社会のなかでの個人の再生産――
第2章 市場のなかでの分業
第3章 貨幣のはたらき
第4章 資本の登場
第5章 支配された生産
第6章 回転する資本
第7章 利潤と価格
第8章 競争と地代
第9章 商業と金融
第10章 変動する経済
第11章 国家と世界市場
補論  体制認識とは何か
社会経済学を社会的な再生産論として論じる第1章は,本書の序論ともいうべきもので,マルクス経済学のエッセンスである社会的および歴史的視点の結節をこの再生産(「資本に主導された再生産」)に見いだしている。第2章以降は,それぞれ価値論・商品論・産業連関論(第2章),価値形態論・貨幣論・信用論(第3章),流通費用論・労働力商品論・資本の本源的蓄積論(第4章),労働過程論・剰余価値論(第5章),資本回転論・資本循環論・再生産表式論(第6章),利潤論・生産価格論・利潤率の傾向的低落論(第7章),市場価値論・地代論(第8章),商業資本論・利子生み資本論(第9章),恐慌論(第10章),階級論・国家論・世界市場論(第11章),所有論・経済体制論(補論)と,『資本論』の体系をもとに再編成されていると読むことができる。著者は,第3章から第7章を本書の「コア部分」=「新古典派体系をベースとした標準的な経済学教科書では見られない議論が含まれている部分」(227頁),第8章から第11章を「資本主義経済についての派生的側面および過程を論じ」(同上)たとしている。各章の扉には,マルクス,スミスおよびJ. S. ミルからの短い引用を配し,各章のテーマが明示されており,著者の経済学史(経済思想史)への強い関心を窺い知ることができる。
さて,さきにマルクス経済学を基本骨格にしながら「統合的アプローチ」を志向していると紹介した。本書の構成から明らかなように,本書の構成はあくまでもマルクスを前提にしている。もちろん,著者の問題意識は,マルクスの経済学批判体系をほぼ踏襲するだけでなく,各章で独自の理解を対峙することで,また随所に「統合的アプローチ」の要点を取り込むということで実現されている。
第1章では,アルチュセールの再生産論と史的唯物論との連携,ブルデューの「ハビトゥス」論を肯定的に引用し,社会的再生産論の射程を確認する。第2章では,ニーズ論を中心に価値,市場および制度の意義を論じる。第3章では,貨幣を社会化のメディアおよび様式ととらえ,限界効用理論の「限界」を指摘し,銀行貨幣や現代貨幣事情の基礎として把握する。第4章では,貨幣の資本への転化論,労働力商品化論,資本の本源的蓄積(本書では原始的蓄積)論をまとめ,マルクス搾取論の有効性を再確認する。第5章では,剰余価値生産の仕組みを論じ,国民経済計算の基礎になっていることや大量生産・大量消費の蓄積様式としてフォード主義を説明する。第6章では,資本の循環・回転論を中心に据え,資本の回転モデルについて詳述し,マクロモデルとしての再生産表式論を肯定する。第7章では,価値の生産価格への転化論について「異なる2つの方針」(125頁)として問題の所在の確認と解決を提起する。また,利潤率について「柴田=置塩定理」として再定義し,アメリカ経済の実証研究(E. N. ウォルフ)で補強する。第8章では,より現実的な市場を想定して競争的市場と不完全競争市場における市場価格と希少的資源の土地をめぐる競争の結果として生じる地代を説明する。あわせて,土地資本と社会資本への投資の必然性についても関説する。第9章では,商業資本の自立化の過程と金融資本の成立を論じ,資本市場と金融資産の機能をまとめる。第10章では,資本主義における市場の失敗と循環的景気変動の結果としての恐慌を考察し,制度の成立と変化の可能性を暗示する。第11章では,市民社会を資本主義が編成し経済的階級の相互関係と理解し,まずは内なる国家として総括する。グローバリゼーションが波及すればするほど,外なる国家としてますますガバナンス(統治)が問われることを指摘する。補論では,体制認識の要として「誰が何を所有するか」とする所有論を配することで,疎外された労働から現代における所有問題までを俯瞰する。
本書は,このように,著者の観点(『資本論』のエッセンスの抽出と現代資本主義の批判的解読)を若い読者に提起し,『資本論』を中心とした古典の再読を誘い,各自の社会経済学の構想を迫るテキストといえるだろう。たとえ著者が言うように「マルクス経済学の通説とは異なる議論を多数含んでい」(226頁)ようとも,著者は社会経済学としてマルクス経済学を発展させようとする強い問題意識を保持しており,評者も高く評価したい。この点から本書を先行して刊行された類書に位置づければ,『資本論』への直結したルートを示そうとした,大谷禎之介『図解 社会経済学』(桜井書店,2001年,asin:4921190089)とは発想と構想を異にする。また,『資本論』の枠組みに現代資本主義のデータをふんだんに活用して『資本論』(第1巻に限定されているが)の現代性を検証した,松石勝彦『現代経済学入門』(青木書店,1988年;第2版1991年;最新版2002年,asin:4250202089)の方法とも一線を画している。むしろ,大野節夫『社会経済学』(大月書店,1998年,asin:4272110926),植村博恭・磯谷明徳・海老塚明『社会経済システムの制度分析』(名古屋大学出版会,1998年,asin:4815803528;新版,2007年,asin:4815805695),角田修一編『社会経済学入門』(大月書店,2003年,asin:4272111035),宇仁宏幸・坂口明義・遠山弘徳・鍋島直樹『入門・社会経済学』(ナカニシヤ,2004年,asin:4888488797)などと共通するところが多い(植村等および宇仁等の著作を「本書をマスターした読者には,これらの著作によって,より現代的な論点に触れることを奨め」(234頁)ている)。
再生産システムとしての「資本主義を知る」(本書のサブタイトル)うえでは本書にはマルクス以降の経済学発展の成果が織り込まれている。他方,労働の二重性論,物神性論,労働日,経済学的三位一体論などあえて正面から論じていない論点もいくつかある。それ以上に,資本主義の歴史のなかで生み出され,時には「格差」問題にも直面する市民社会に生きる人間の過去,現在および未来が,総じて見えてこない。Political Economyとはなによりも人間のための経済学の構築であろう。本書の読者は,本書で描かれた圧倒的力をもって支配する経済システムにたじろぎはしないだろうか。と同時に,資本の回転・再生産(第6章)や変動(第10章)において説明に使用されるコンピュータ・シミュレーションは,「グラフをみてイメージをつかめばそれで結構」(227頁)かもしれないが(詳細は「付」として触れられているにしても),初学者には決して取っつきやすいものではない。言い換えれば,古典派経済学から現代にいたる経済学発展の歴史を素養として持ち合わせていないと理解が容易ではない。
だが,本書のなによりの貢献は,『資本論』のツールとその後の経済学の展開で有効性を持ちうるそれとを縦横に駆使して,結果としてマルクス経済学の現代的役割を冷静に宣言したことにあるだろう。著者によって「資本主義を知る」ために描かれた資本主義はあくまでも著者によるものであって,読者をして,まずはマルクスをはじめ経済学の成果をふまえて資本主義を批判的に読み取れ,さらにマルクスを読め,経済学の古典を繙けと鼓舞している。社会経済学が資本主義を解剖し,未来社会の可能性を模索するものであるのならば,本書の方法と叙述は成功している。もっとも,社会経済学としてはここ数年間でようやくいくつかの単著と共同著作が刊行されたにすぎない。本書もそうした試みのひとつであり,「新しい『社会経済学』」(234頁)の構築を評者の課題ともしようと思う。
なお,伝統的なマルクス経済学との区分と批判的コメントをまとめた「構成表」(『社会経済学』の構成と視点)と「正誤表」(本書にはおもに数式において少なくないミスがある)が下記ホームページからダウンロードできる。参照されたい。